4
「・・・・・・は?」
「てぇいっ!」
薫は足元の雪玉を掴むなり、剣心に投げつけた。
「って! ちょ、薫殿! 不公平でござろうっ!」
次々と、雪玉が飛んでくる。剣心は突然の薫の攻撃に思わず抗議した。
新雪で作った雪玉とはいえ当たるとそれなりに痛いし、薫はそれなりの勢いで投げてきている。そのうえ彼女の足元にはたっぷりと作りお
いた雪の玉があるのに(しかも、半分は剣心が作ったものだ)こちらは備蓄なし、つまりは丸腰のようなものだ。
これではあまりに分が悪い。防戦一方の剣心は、袖で顔をかばいながら容赦なく雪玉を投げる薫の顔を見た。
頬を紅潮させ、一所懸命雪玉を掴んでは投げる様子は本当に子供のようで―――
「ぶわっ!」
柔らかく握られた雪の玉が、剣心の鼻先ではじけた。
一瞬、真っ白に染まる視界。
その隙を狙ったように、薫は雪を蹴って剣心に向かって突っ込んでゆく。
「えーい!」
「う、わっ!」
どーんと剣心の胸に飛び込む薫。不意をうたれた剣心は薫を受け止めきれず、崩れるように尻餅をついた。
薫はこれ幸いとばかりに剣心の肩に手をかけ、力任せに押し倒す。
「ぐぇ!」
「あはははは、剣心の負けっ!」
ばったりと雪の上に仰向けに倒れた剣心。その腹のあたりに馬乗りになった薫が勝ち鬨をあげる。
子供のように、無邪気にきゃらきゃら笑いながら。
雪の布団に寝転がった剣心は、呆然と薫の笑顔を眺めていたが―――その楽しげな笑い声に、むくりと負けん気が頭をもたげた。
それはかなり、子供じみた種類の感情。
上にいる薫にむかって、すっと手を伸ばす。
素早く両の二の腕あたりを捕まえ、ぐいっと引っ張った。
「えっ!?」
勢いよく前に引かれてぱたりと上半身が倒れた薫は、剣心に覆いかぶさる格好になる。間をおかずに剣心は、そのまま身体を反転させた。
「きゃあっ!」
ぐるん、と身体を転がされる感覚に、薫は反射的に目を閉じる。
背中に雪の感触と、頬に当たる自分のものではない髪の感触。
目を開けると、さっきまでとは上下が逆になっており―――つまりは、薫が剣心に組み敷かれる格好になっていた。
「形勢逆転、でござるな」
いとも簡単に薫の身体をひっくり返した剣心は、薫の上でにやりと笑った。
その笑顔に不吉なものを感じ取った薫が逃げ出そうとするより早く、剣心は身体全体で拘束をするようにぐっと体重をかける。
「こっちのほうが、しっくりくるでござろう?」
「え、えーとー、それは一体どういう意味かしらー?」
薫ははぐらかしたが、剣心はいよいよ人の悪い笑みを深くして、薫に顔を近づける。
「いつものように、拙者が上のほうが」
言い終えるなり、唇が重ねられた。
「ん、んーっ!」
薫は剣心の下で必死にもがいたが、がっちりと押さえ込む腕はびくともしない。
「ち、ちょっと待っ・・・・・・んむっ!」
制止の声をあげようと口を開くと、そのまま顎を捕まえられた。
押し入ってきた舌が自分のそれに絡みつき、身体の芯が、ぞくり、と震えた。
息が苦しい、けれど、気持ちいい。
雪を背に敷いているにもかかわらず、寒いどころか触れあったところからどんどん身体が熱くなってくる。
こんな場所でこんな状況でだというのに、うっかり彼から与えられる甘美な感覚に酔いしれそうになってしまい、薫は慌てた。
「・・・・・・ぷは。って、う、嘘でしょ?! ちょっとやだやだこんなところでー! 凍えちゃうわよー!」
長い接吻から解放されたかと思うと、そのまま剣心は頬にこめかみに耳元にと啄むように口づけを落とす。薫は雪の上でぶんぶん首を振って抗
議したが、剣心はどこ吹く風といったように薫の首元を覆ったショールに指をかけた。
「こんな時間にこんな場所にいるのは、拙者達だけでござろう? 誰も見てはおらぬから、大丈夫でござるよ」
からかうように、先程の薫の台詞をなぞってみせる。一体どこまで本気なのか、剣心は緩めたショールの隙間から覗いた白い項に吸いついた。
「・・・・・・っ!」
こうなってしまうともう、力任せに抵抗してもかなわない。
戦術を変更しなくては、と、薫は剣心を押し戻そうとしていた手をぱたんと雪の上に落とし、手のひらをごそごそ動かしてありったけの雪をかき集
めた。そしてその手を、剣心の着物の袷、腹のあたりに滑りこませる。
「っ、ぎゃあああああああ!」
調子の外れた悲鳴をあげて、剣心が薫の上から飛び退いた。油断しているときに直に素肌に雪の塊を押し付けられたのだから、それは当然の
反応だろう。あわをくって腹に押し込まれた雪を掻き出そうとしたが、すかさず薫の手が今度は襟巻きへと伸びた。
「わっ!ちょ、薫、冷た・・・・・・って、とけてるとけてるー!」
「うふふふ、これでまた逆転っ!」
「わかった! わかったでござる、拙者の負けでござるっ!」
「降参する?」
「するするっ!」
薫はぱっと手を離した。
首筋への攻撃を逃れた剣心が慌てて腹に詰め込まれた雪をかき出そうとすると、薫も手伝うように着物の袷をひっぱった。
「やだ、ちょっと入れすぎちゃった? 結構沢山入ってたのねー」
「いや、もう半分ぐらい融けてしまったでござるよ・・・・・・」
その、情けない声に薫がぷっと吹き出す。
つられて、剣心の口元も緩んだ。
「・・・・・・は」
「あは、は」
「ふ、あはははは!」
腹の底から可笑しさがこみあげてきて、ふたりは小さく肩をふるわせはじめる。
そして我慢できずに一緒に声をあげて笑い出す。
笑いながら首に抱きついてきた薫を、剣心はやはり笑いながら抱きとめた。
そのままふたりで、再び雪の上に倒れこむ。
「ねっ、剣心」
「ん?」
「大好き!」
ちゅ、と薫から、軽く唇に触れる。
剣心もお返しとばかりに、同じように掠めるような口づけをおくる。
さらにそのお返しにと、もう一度唇を寄せて―――
「あはは、薫殿、くすぐったいでござるよ」
「だって、剣心こそ・・・・・・きゃー!」
雪の上に倒れたまま、ふたりは互いの唇に頬に、小さな口づけを繰り返す。
二匹の子猫のようにひとしきりじゃれあった剣心と薫は、身体じゅう雪まみれになって、くすくす笑いをこぼしながら顔を見合わせた。
「・・・・・・嬉しいな」
「何がでござる?」
「剣心、笑ってる」
「え?」
「剣心が楽しそうだから、嬉しい」
きょとんとする剣心の頬に、薫はそっと手をのばした。
「ね、こうしていると・・・・・・怖くないでしょう?」
5 へ続く。