春。
「剣心お願い!これ手伝って!」
どさ、と目の前に置かれたのは、籠にたっぷりと盛られた青えんどう豆。
畑からとってきたばかりなのだろうか、少し湿った、新鮮な青い香りが縁側にふわりと漂った。
「おろ、また凄い量でござるなぁ・・・・・・これは一体?」
「莢から出しちゃえばそこまでの量じゃないわよ。あのね、今日の出稽古でいただいたの」
薫は、豆の籠のとなりに空の笊をふたつ据えて、腰を下ろす。
彼女の話によると、今日前川道場に出稽古にゆくと、むこうの門下生のひとりが「うちで沢山とれたので、皆さんどうぞ」とお裾分けをしてくれたらしい。
「今年最初にとれた走り物ですって、きっと美味しいわよ」
「成程。で、これをどうするでござるか?」
「えっと、莢から出して、豆をこっちに入れて欲しいの」
「全部?」
「ううん、半分でいいわ」
「承知したでござる。ところで、剥いた後はどうするつもりでござる?」
「豆ごはんにするの」
早速、ひとつめの莢を剥きにかかっていた剣心は、その手を止めて正面に座る薫の顔をのぞきこんだ。
「・・・・・・薫殿、作れるのでござるか?」
「あっ酷い、失礼ねっ!前川先生の奥さんに作り方教えてもらったから大丈夫だもん!ほらっ!」
薫はすかさず、調理法を書きとめた紙切れを剣心につきつけた。
「それに、失敗しても大丈夫なように、お豆も二回分貰ってきたし」
そうか、だからまずは「半分」なのかと納得しつつも、剣心は苦笑した。
神谷道場に身を置くようになってまだそう長くもないが、それは薫の料理の腕前を理解するには十分な期間であった。そして今の発言は、彼女が自分
でもそれを認めているようにとれて、妙に微笑ましく感じられた。
「失敗したら勿体無いでござるよ、拙者も一緒にやるから」
「え、本当?」
薫の顔が、ぱっと笑顔に輝く。
「ありがとう!」
その表情がなんだかきらきらしているように見えて、正面から視線を受け止めた剣心は気恥ずかしさに慌てて目を手元に落とす。
「弥彦は?まだ帰ってきていないようだが」
「向こうの道場の子供たちと遊びに行っちゃったわ。仲のいい子が何人かできたみたいで」
「おろ、それはよかったでござるなぁ」
「それはいいんだけれど、でもあの子ったらね、今日も前川先生に・・・・・・」
なんだかんだと、ふたりはお喋りをしながら作業をすすめる。
口を動かしながらなのでそう早いペースとはいかないが、空だったふたつの笊は、豆と莢とでだんだんと満たされてゆく。
ふと、薫がくすりと笑った。
「どうしたのでござる?」
「え?何が?」
「いや、何だか嬉しそうだから」
「んー・・・・・・楽しいな、と思って」
「豆を剥くのが?」
「だって、これって一人でやったらすぐに飽きそうでしょ。めちゃくちゃ単純作業だもの」
「それは確かに」
「でも、一緒に喋りながらやると楽しくていいなぁ、って思ったの」
「そうでござるなぁ」
そう相槌を打ちながら、改めて気づいた。
考えてみれば自分にとって、「誰かと一緒に何かをする」というのは珍しいことだ。
諸国を流れ歩いていた頃は、基本的に何をするのも「独り」が当然だったから。
「・・・・・・うん、楽しいでござるな」
珍しいことだけれど、久しく覚えがなかった感覚だけれど。
確かに彼女と一緒に過ごす時間は心地よく楽しいものだったから、剣心は素直な気持ちで答えた。
薫はより楽しそうに笑って、ぱん、と軽く手を打ち鳴らす。
「さ、これで大体半分ね。じゃあ、これからが勝負だわ、いざ台所よ!」
「そこまで気負わなくても・・・・・・」
まるで剣の試合に臨むかのような薫の気合いに、剣心はまた苦笑しながら笊を手に立ち上がった。
結果として、豆ごはんは上手に炊けて、その日の夕食に彩りを添えることとなった。
弥彦に二杯めのおかわりをよそいながら、薫は「また一緒に作ろうね」と剣心に笑いかけた。
夏へ。