たんぽぽ飛ばす






        「ねえ」



        川面は青い空の色を映して、さらさらと軽やかに歌う。
        河原に続く地面は若い緑に覆われ、そこに黄色と、けぶるような白。
        数日前まで満開だったたんぽぽの花は、気がつくと半分は綿毛になって、晩春らしい風景をつくっている。
        緩やかに流れる風はあたたかくて、時間もゆっくりと流れているような長閑な昼下り、だというのに。


        「かーおーるー、殿」


        たんぽぽ畑の中に座り込む小さな背中にむかって呼びかける。
        「いいかげん、返事して」
        薫は先程からだんまりを決めこんでいる。あえて彼女にも聞こえるように、剣心は大きくため息をついた。

        「もういいでござろう?拙者は怒ってないでござるから、そろそろ帰ろう?」
        「・・・・・・何その言い方、わたしが悪いって言うの!?」
        さも意外そうな声を出して、漸く薫が振り向く。
        「・・・・・・拙者が悪いとでも?」

        「・・・・・・信じらんない」


        剣心が、薫の隣に腰をおろす。少しばかりの距離をおいて。
        そしてまたしばらくの、沈黙。



        薫が一輪、綿毛になったたんぽぽを摘んだ。
        ふっと息を吹きかけ、白い綿毛を空にむかって飛ばす。

        それを見ていた剣心も、同じ様に傍らのたんぽぽを摘む。
        ふうっと飛ばした綿毛は、薫のそれよりも盛大に宙に舞った。


        薫は、むっとした顔で、もういちどたんぽぽの茎を千切る。まとめて2本、綿毛を飛ばす。
        続いて剣心は3本に、競うように一度に息を吹きかけた。

        「・・・・・・」

        「・・・・・・」

        薫がもう一輪、たんぽぽを摘む。
        「わ、ちょっ」
        ふーっと勢いよく息を吹きかけ、剣心にむかって綿毛を飛ばす。

        ばたばたと手で顔の周りに舞う綿毛を払った剣心は、自分もたんぽぽをまとめて二、三本掴みとった。
        「きゃあっ!」
        今度は剣心から綿毛を吹き付けられて、薫が袖で顔をかばう。
        そして負けるものかとまた一輪、今度は指で直接むしり取って投げつけた。


        二人の周りに、季節はずれの雪が踊るように綿毛が飛び散る。

        剣心と薫は、子供の喧嘩のようにばふばふとたんぽぽを振り回して、ひとしきり「戦った」。

        「・・・・・・」
        「・・・・・・」

        いいかげん疲れてきた二人は、ぜいぜいと肩で息をしながら顔を見合わせた。
        二人の髪や着物には無数の綿毛がまとわりついて、水玉模様を作っている。


        「は・・・・・・」


        何か、毛がわりの時期の獣のような。
        そんな間の抜けた互いの有様を見て、ふたりの肩から力が抜ける。


        「ふ、うふふふ」
        「あは、ははは」
        「きゃははははは!」


        どちらともなくこみ上げてきた笑いはほぼ同時にはじけた。ふたりは向かい合ったままきゃらきゃらと笑いあう。

        「やだもう、剣心、綿毛まみれ・・・・・・」
        「あ、ちょっと待って薫殿、睫毛に引っかかってるでござる、じっとして」
        「ありがとう、あ、ねぇ剣心」
        「ん?何でござる?」
        「わたしたち、なんでケンカしてたんだっけ」
        「・・・・・・してたでござったか?」
        「・・・・・・あれ?」

        相手の身体にくっついた綿毛をとってあげながら、二人は一瞬無言になった、が。


        「ま、いっか」


        先に腰を上げた剣心が薫に手をさしのべた。
        薫はその手を素直にとって立ち上がる。

        「あーん、まだ髪にくっついてる。これ結構しつこいかも」
        「洗ったほうが早いでござろう、今日は早めに風呂を沸かそうか」






        暖かな空気のたゆたう春の日。

        ふたりは手をつないだまま家路についた。







      モドル。