ささやかな嘘 〜みっつの嘘のおはなし〜




     

剣心に嘘をついてみようと思った。
まずは練習をと思って、口に出して言ってみた。



「剣心なんか、嫌い」



・・・・・・言ってみて、凄く悲しくなってしまった。
だめだわ、これは確かに凄い嘘だけれど・・・・・・嘘でもこんな言葉は言いたくないわ。


「薫殿?どうかしたのでござるか?」


嘘の練習の所為で一人勝手にへこんでいたら、気遣わしげに尋ねられた。
事の次第を素直に話したら、剣心は嬉しそうに相好を崩して「じゃあ、代わりに拙者が薫殿に嘘をつくでござるよ」と言った。


「好きでござるよ」
「・・・・・・それが、嘘なの?」
告げられた言葉に驚き悲しむ間もなく、ぎゅっと抱きしめられる。



「だって、拙者のは『好き』じゃなくて『大好き』でござるから」
















少し、寝坊をした朝。

昇りきった朝日が射しこむ寝室で、まだ夢の中の君が「うーん」と寝返りをうった。
寝乱れた夜着は袷がはだけて、のぞいた胸元には二つ三つと赤い花。昨夜、俺が刻んだ紅い痕。

明るい陽光のなか目にする君の肌は、行燈の薄明かりのもと愛でるのとはまた違って―――違った色気があって。
その姿に、つい「抱いてしまいたいな」と思ってしまうのだから、我ながら単純なのにも程がある。いや、君を好きなのにも程がある、と言うべきか。


「剣・・・・・・心・・・・・・?!」
目覚めた君から返ってくる反応は、まずは抵抗。起き抜けに組み敷かれて口づけられたのだから、まぁ当然だろう。
「い、や・・・・・・!」
もともと脱げかけていた寝間着を剥ぎ取る。いちばんやわらかいところに触れると、昨夜の名残が指を濡らす。
身を捩るのを、体重をかけて動けなくして、華奢な手首も捕まえる。

「嫌・・・・・・」
口づけと愛撫に、みるみるうちに赤く染まる肌。
なのに、君は繰り返し首を横に振って、拒絶の言葉を口にする。


「ね・・・・・・明るいから、嫌なの・・・・・・」
「うそつき」
「嘘じゃ、な・・・・・・あぁ!」

不思議だ。何度嫌だと言われても、嫌だと言っているように聞こえない。
だって、君がほんとうに嫌がっているなら、こんなに気持ちいい筈がない。こんなに幸せな気分になる筈がない。
互いにつよく求めあっていないかぎり、こんなにも心も身体も満たされる感覚は味わえない。味わえるわけがない。


「い・・・・・・や・・・・・・」
それは、君の中に在る少女らしい潔癖さが言わせる嘘。
いや、君自身も嘘の自覚はないのだろうけれど。




たっぷり愛し合ったあと、「嘘じゃないもん!」と怒った君にぽかぽか殴られた。
「気持ち良くなかった?」と聞いてみたら、真っ赤になって「気持ちよかった・・・・・・けど」と、ごくごく小さな声で素直に答えてくれた。

それは嫌じゃない証拠だよ―――と、思ったけれど。

















なんとなく、普段と違う道順で帰宅してみた。
木塀の脇を横切ると、我が家の縁側が見えた。

縁側には、うたた寝をしている親父と、その親父に膝枕をしている母さんの姿が見えた。
うっわ、いい年して(これは親父が対象)恥ずかしいことしてやがるなぁと呆れたが、呆れつつも、ちょっとだけ見惚れてしまった。



自分の両親の仲睦まじい様子を垣間見るのは、息子としては何とも恥ずかしいというか決まり悪いというか落ち着かないというか、とにかくあまりいい思いをするものではないのだけれど。
でも、普段と違った視点から見る我が家の縁側は、不思議といつもの家と違ったように見えて。

陽がふりそそぐ縁側、輪郭を光に彩られたふたりの姿はまるで一幅の絵のようで。
素直に「ああ、幸せそうだな」と、思えた。



玄関にむかい、わざと無言で框に上がる。
そのまま、足音を立てないよう居間まで近づいて―――


「腹へったー、なんかある?」


ごん、と鈍い音が聞こえた。
居間を覗くと、ほんのり頬を赤くした母さんに、「ただいまくらい言いなさい!」と怒られた。
傍にいる親父が頭をさすっているところを見ると、慌てた母さんが膝を急に退かして、親父は枕を失って床に頭を打ちつけた―――と、いうところだろうか。

俺は「ごめんなさい、ただいま」と答えながら、こっそり笑いを噛み殺す。
「急に声が聞こえたからびっくりしたわよ・・・・・・帰ってきてたの、気づかなかったわ」
「いや、今帰ってきたばかりだよ」



小さな頃から「嘘をついてはいけません」と厳しく言い聞かされてきたけれど。
まぁ、こんな平和な嘘なら、閻魔様も許してくれることだろう。









了。




モドル。