「くぉらー小さい嬢ちゃん! もっと食わねーと大きくなれねーぞー!」
「きゃああああすみません! 食べます!食べますからぁ!」
その晩、いささかタチの悪い酔い方をした左之助に、一同は少々辟易していた。
酒の追加を運んできた燕に後ろから抱きつくと、燕は当然真っ赤になって悲鳴をあげ、じたばたもがいて逃げ出した。すると今度は、隣に座っていた恵
にしなだれかかって絡みだす。恵はごく冷静に左之助の腕に手をかけて自分の首から外すと、そのままぐるりと彼の身体を、反対側に座る弥彦のほう
に向けさせた。
「ごめんね弥彦くん、次よろしく」
「こらこらこら! いらねーよこんなの! っておい寄るなー!」
賑やかに騒ぐ様子を見て、「あらあらぁ」と給仕をしていた妙が笑う。赤べこにいた他の客達も、面白がるような顔で彼らの席を眺めていた。
「・・・・・・抱きつき上戸?」
ぎゅうぎゅうと弥彦を抱きしめる―――と、言うより頑丈な腕で締め上げる左之助を見ながら、薫は呆れた顔で呟く。
「まあまあ、さほど害のある酔い方ではないし、楽しそうなのだからよいではござらんか」
この場の年長者である剣心は鷹揚に笑ったが、弥彦に「痛い痛いこの馬鹿力!」と逃げられた左之助が、次の標的にしたのは彼だった。
「よぉ剣心! お前最近嬢ちゃんとはどーなんだよ? ちったぁ先に進めたかぁ?」
「ぐぇぇぇ左之、ちょ、首っ! 締まる!」
「うらうら勿体ぶらないで白状しろよこいつぅ」
「ちょっと左之助やめてー! 剣心が死んじゃうー!」
「あはははは嬢ちゃんー。剣心にばっかり酌してねぇでこっちにも注いでくれよー」
「って、きゃあああああ! やだやだー! 離してー!」
厨房に下がろうとした妙は、背中に聞こえた薫の悲鳴に、嫌な胸騒ぎを覚えて振り向いた。
そして、持っていた盆を放り出して、慌てて彼らの席へと飛んでゆく。
「剣心はん刃傷沙汰はあきまへん! 逆刃刀とはいえ店の中で刀は抜かへんでくださいー!」
その後、薫から引き剥がされた左之助は妙に抱きつき、次いで見ず知らずの隣の席にまで侵攻しようとしたところで、額の真ん中を恵にグーで殴られて
ようやく大人しくなった。
★
「弥彦は?」
「大丈夫、ちゃんと自分でお布団に入ったみたい。でも明日は二日酔いになるかもね」
ぐでんぐでんに酔っ払った弥彦は、剣心に背負われて道場に帰ってきた。彼を部屋まで送ってきた薫は、剣心に向かって肩をすくめてみせる。
「京都から帰ってきてから、今日みたいに飲む機会が多すぎるわよね・・・・・・弥彦、子供の頃からこんなことじゃいけないと思うんだけど」
「飲んで騒げるのは平和な証拠でござるよ。それに、いいかげん日も経ったのだし、じきに皆の宴会熱も冷めるでござろう」
「うん、確かにそうね・・・・・・それにしても、今日の左之助、面白かったわねぇ」
「確かに―――珍しい酔い方でござったから、面白いといえば面白かったが」
剣心は酔い覚ましの柿の葉茶を飲みながら、先程の様子を思い出す。
面白いといえば面白かったのだが、薫が対象になった場面に関しては―――面白くない事この上ない。
「でもまぁ、わたしは剣心が、うっかり左之助を斬り捨てちゃうんじゃないかと思って焦ったけれど」
「あれは左之が悪い」
答えながら剣心は憮然とする。左之助が薫に抱きついたとき、完全に彼は抜刀斎モードになっていた。
「しかしあいつは馬鹿力でござるな・・・・・・むしろこっちが絞め殺されるところだった」
「仕方ないわよ、剣心は男の人だもん」
その台詞の意味がわからず、剣心は首を傾げた。
「男だから、とは?」
「んー? えーとね、どこかで聞いたんだけど、女の人の身体は、男の人にぎゅーっとされても平気なようなつくりになっているんですって」
剣心にお茶のおかわりを注ぎながら、薫は続ける。
「ほら、大抵の男の人の身体って、ごつごつしていて筋肉があって硬かったりするでしょう? だから、男の人同士でぎゅっとしたら、きっと骨とかあたって
痛いでしょ」
「しかも左之の怪力でござるしな」
「でも、女の人の身体は、男の人よりふわふわってしていて、柔らかいでしょう? だから、硬い身体にぎゅっとされても、そこまで痛くない、ってこと」
「ふわふわ、でござるか。蚕を守っている、繭みたいな感じでござるか?」
「そうそう、そんな感じ。だからわたしもさっきは、あんまり痛いとか思わなかったし」
へぇ、と相槌を打ちながら、剣心はなんとなく薫を見る。
顔を、というよりは、畳に座った下から上まで、身体全体を。
そして先程薫が抱きつかれたシーンをまた思い出して、再び顔をしかめる。
「・・・・・・確かに、妙殿も恵殿も、割と平気そうな様子でござったしな」
無理矢理に思考を分散させるように、そう呟く。
薫は、どこか不機嫌な表情の剣心を見ながら、何か考えているような様子だったが―――やがて、小さく、口を開いた。
「・・・・・・わたしのときも、そんな感じだった?」
「え?」
「えっと、ほら、剣心が京都に発つ前に、わたしのこと・・・・・・ぎゅっとしたでしょ」
「・・・・・・」
確かに、そんな事があった。
再会してから、お互い敢えてあの時のことに触れることはなかったのだが、でも。
「・・・・・・あの、薫殿。今更でござるが、あの時は・・・・・・すまなかった」
剣心は、膝を動かして薫に正面から向き合うと、改めて―――その、ずっと触れていなかったあの夜について、謝罪の言葉を口にした。
「あの時は拙者、相当思いつめていたから、つい思いあまってあんなことをしてしまったというか、今頃謝るのは、遅すぎるのかもしれぬが・・・・・・」
思い浮かぶままの言葉を羅列して、剣心は珍しくしどろもどろで弁解をする。一方的にさよならを言って薫を泣かせたことは勿論だが、今謝っているの
はその事よりもむしろ、うら若き女性を前触れもなく突然抱きしめた行為に対しての謝罪で―――
「いいの! それは全然怒っていないから謝らなくていいの!・・・・・・だから、そうじゃなくて・・・・・・」
延々と続きそうな謝罪を遮った薫の声は、途中から急速に小さくなった。
まっすぐに剣心を見つめていた瞳をふっと伏せて、呟くように続ける。
「わたしは・・・・・・覚えていないから」
「・・・・・・え?」
「覚えていないの。剣心にぎゅっとされたとき・・・・・・どんな感じだったのか」
あの夜、別れを告げられた瞬間は、身を切られるように辛かった。
初めて彼から抱きしめられたのに、嬉しいどころか、悲しかった。苦しかった。
剣心の腕に包まれているのに、足元が崩れ落ちて無くなってしまうような、そんな錯覚に襲われて―――
「わたしが覚えているのって、そんなことだけなの。だから、剣心のほうは、どうなのかなぁって。ちゃんと覚えているのかなぁって、思って・・・・・・」
言っているうちに恥ずかしくなってきたのだろうか。だんだんと頬に血がのぼり、声はますます小さくなる。
責められている訳ではない。
薫は、ただ純粋にあの夜を振り返って、他意もなくあの時の記憶を尋ねているだけだった。
そして剣心は、咄嗟に返事をすることができなかった。
本当に今更ではあるが―――薫の言葉で、あの時どれだけ自分が彼女を傷つけたのかを、改めて思い知らされた。
あれは、守るための別離だった。これ以上薫を危険に晒したくなかったから、いずれ始まるであろう闘いから彼女を遠ざけたかったから、その為に、さよ
ならを言った。しかし―――理由はどうであれ、薫を泣かせて、悲しい記憶を彼女に刻みこんでしまったのは、事実なのだ。
「・・・・・・その、薫殿。本当に・・・・・・すまなかった」
更に重ねて謝罪をしながら、剣心はこんな時に限って上手く言葉が出てこない自分を呪いたくなった。
そうじゃない。彼女に言うべき言葉はそんなことじゃない。
どうしてだろう、薫に、大切なことを伝えようとしたら、いつもこうなってしまう。巧い言い回しや耳障りのよい文句を操ることもできず、結局は思っているこ
との半分も口にできていないような気がする。
「あの、だから・・・・・・薫殿」
いや、それが間違っているんだ。
綺麗で当たり障りのない言葉を選んだり、格好つけようとする事が、そもそも間違いなのだ。
きちんと伝えたいなら、無駄に飾らずに、ただ思っていることを素のままで口にすれば―――
「・・・・・・もう一度、いいでござるか?」
薫は、俯いていた顔を上げて、「え?」と言うように剣心を見た。
「だから、どんな感じだったのか忘れてしまったのなら・・・・・・もう一度、同じようにしてみれ、ば・・・・・・」
―――素のまますぎた。
いや、今のはないだろう流石に直截すぎるだろう。薫殿だってそんな事を言って欲しかったわけでは―――
背中に、嫌な汗が流れるのを感じる。剣心は自分の発言を早速後悔した。しかし。
薫は、驚いたように大きな瞳を更に大きくして。
そして、ほんの僅かな間沈黙した後、つい、と畳に手をつき、膝で歩くようにして剣心への距離を縮めた。
今度は、剣心が驚く番だった。
だって、まさかこんな馬鹿な提案を、彼女が受けるなんて―――
驚きながらも、剣心は自分も薫へと両手をのばして、彼女を腕の中に迎え入れようとする。
膝と膝が、触れる。
ことり、と。
身を傾けた薫が、剣心の胸に納まった。
「・・・・・・その、薫殿」
ぎこちなく、剣心は薫の身体に腕をまわす。
自分から「もう一度」と言っておきながら、改めてこうしてみると、自分よりひとまわり小さい彼女の身体はまるで壊れ物のようで―――触れる手つきも、
自然と「おそるおそる」になってしまう。
「・・・・・・はい」
小鳥が梢に身を寄せるように、そっと剣心に身体を添わせた薫が、答える。
その短い一言は、はっとするほど澄んだ響きを持っていて―――その一言で、剣心の心の中で、留め金がひとつカタリと外れた。
腕に、力がこもる。
まだ少し躊躇しながらも、ぎゅっと、抱きしめた。
着物越しに伝わってくる、薫の細さと柔らかさ。
その感触で、あの夜の情景が鮮やかによみがえる。
五月の、あの夜。
京都にひとり発ったあの日、離別の間際に彼女のことを抱きしめた。
あれが最後だと思っていたから、今生の別れのつもりだったから、せめて彼女の感触を腕に残したかった。
あれは―――なんて身勝手な抱擁だったんだろう。
あの後、君が泣くとわかっていて、涙を流しているとわかっていて。
それを拭ってやることもせずに、ただ一方的に、君の温もりを刻みつけようとした。
君には、ただ悲しい記憶だけを残して。
「・・・・・・薫殿」
「はい」
「もう少し、強く・・・・・・いいでござるか?」
「・・・・・・うん」
零になったふたりの距離を、更になくすように、掻き抱く。
心によみがえったあの場面を消し去るように。あの夜よりも、強く。
薫の身体が柔らかくしなった。
ああ、こんなに細くて小さな生き物だったんだな、と改めて思う。
「男の人に、ぎゅっとされても平気な身体」と君は言ったけれど、君の場合そうじゃなくて。
俺に、抱きしめられるための、あたたかく、柔らかく、小さい―――君の身体。
そう思わずにはいられない愛おしさが、あとからあとからこみ上げる。
「ふ・・・・・・ぁ」
薫の唇から切なげに零れた吐息に、剣心は小さく首を動かす。
「痛いでござるか?」
言いながらも、腕を緩めようとはしない。いつしか剣心から、躊躇いはすっかり消えていた。
「違うの、それは平気、なんだけど」
薫の声は、微かに震えていた。
「・・・・・・苦しい」
はっとして、身体を離そうとした剣心に、ぶんぶんとかぶりを振って「違うの」と訴える。
「あの、身体は平気だけど、胸が苦しくて・・・・・・ど、どきどきして、気絶しそうで・・・・・・」
―――その言葉の意味するところを汲み取って、剣心は安心して、もう一度ぎゅうっと薫を抱いた。
「ぁ・・・・・・」
息と共に漏れる掠れた声が、耳をくすぐる。
正面から顔は見えないけれど、首筋まで朱が差しているのはわかる。きっと頬はいっそう赤く染まり、瞳は泣きそうに潤んでいるのだろう。
薫の鼓動の速さが伝染ってしまったかのように、胸が疼く。
けれど、離すつもりはない。離れたく、ない。
一方の薫は、考えていた以上に惰弱な自分の心臓をもてあまし、途方に暮れていた。
がっしりと自分を閉じ込める腕が心地よい。それは拘束されているというよりは護られている感覚で、あの夜の別れの抱擁とはまったく違っていた。
そして先程赤べこで、酔っ払った左之助に抱きつかれた時ともまた違う。さっきはただ驚いただけだったけれど、今は―――自分では制御できない鼓動
が苦しくて。こんなふうにされている事実も信じられなくて、なんだか頭がくらくらして。
「左之助には、こんなにどきどきしなかったのに・・・・・・」
「当たり前でござる、左之相手にそんなふうになられてたまるか」
思いがけない子供じみた反応が返ってきて、薫はくすりと笑った。その気配を感じながら剣心は、薫の髪を軽く撫でた。
「気絶しても構わないでござるよ。起きるまで、こうしているから」
「じゃあ、する」
「どうぞ」
「・・・・・・」
「薫殿?」
「・・・・・・やっぱりダメ、せっかく剣心にぎゅっとされてるのに、そんなの勿体ない・・・・・・」
恥ずかしそうな、今にも消え入りそうな声。
でも、この距離ならばしっかりと耳に届く。
「勿体無くないでござるよ」
「だって」
「いや、きっと・・・・・・拙者は今後もこういう事をしてしまうと思う、から・・・・・・」
その言葉に、薫は剣心の肩口に埋めていた頭を起こして、僅かに低い位置から、彼を見上げた。
照れくさそうに、剣心はすぐに視線をそらす。
「もちろん薫殿が、嫌でなければの話でござるが」
「嫌なわけない!」
言い終わるか終わらないかで返ってきた答えに、剣心は思わず薫の顔を覗き込んだ。
ほおずきのように染まった頬。そして、涙の滲んだ瞳が、じっとこちらを見つめている。
「・・・・・・でも、あのときみたいに、ぎゅっとした後にいなくなっちゃうのは・・・・・・嫌だからね?」
剣心は、もう一度薫の頭をぐっと抱き寄せた。
彼女のなかに在る不安のかけらが、最後のひとつまで融けてしまうよう願いながら、ゆっくりと囁く。
「大丈夫。もう絶対、いなくなったりしない」
そうだ、あんな哀しい抱擁は―――もう二度とごめんだ。
胸の中、薫が深く息を吐くのがわかった。それは、安堵の吐息。
「・・・・・・こんな感じ、だったのね」
「思い出したでござるか?」
「思い出したっていうか・・・・・・なんだろ、同じことをしているのに、あの時と全然違う感じみたい」
「違って当然でござるよ。本来ならば、こうあるべきなんだ」
「・・・・・・こう、って?」
「だから、今みたいな感じでござる」
「それ、ぜんぜん説明になってないわよ」
薫は剣心の着物に顔を押し当てたまま笑ったが、彼が言いたいことは理解していた。
ぎゅっとされたら、幸せだなぁって思う。好きだなぁって気持ちが膨らんできて、どきどきして、苦しくなる。
きっと、そんなふうに感じるために―――こうやって抱きしめあうんだわ。
別離のしるしでもなく、悲しくなるためでもなく、愛しさを、確かめ合うために。
大好きなひとがちゃんと此処にいることを、確認するために。
そして剣心は、薫がくすくす笑う声を聞いて―――ようやく今、あの別れの夜に流した涙を、拭ってやることが出来たような気がした。
★
「よぅご両人」
「あっ抱きつき魔!」
「いやぁ、昨晩はお騒がせしてすんませんでした」
翌日、ばったり往来で顔をあわせた左之助は、たいして悪びれたふうもなく棒読みで謝った。
「なんだか反省の色が見えないのでござるが」
「だって覚えていねーんだもんよー。どんな有様だったかは、妙から大体聞いたんだけどなー」
「まぁ、あれだけ酔っ払っていたんだから、記憶が飛んじゃっても仕方がないわよねぇ」
薫はころころと笑いながら、肩に預けた竹刀を担ぎなおした。
「じゃあ剣心、弥彦のことお願いね」
「ああ、夕飯も作っておくでござるから」
「わぁいありがとう! じゃあ、行ってきまーす!」
軽やかに下駄を鳴らしながら出稽古にむかう薫を、剣心と左之助は手を振って見送った。
「弥彦は出稽古、ついて行かねーのか?」
「二日酔い。寝床で唸っているでござるよ」
「うんうん、酒っつーもんはそうやって鍛えてゆくもんだ」
左之助はしたり顔で頷いてから、首を傾げてみせる。
「ところで、お前ら何かいい事でもあったのか?」
「ん? 何かとは?」
「いや、嬢ちゃんの場合機嫌いいのは顔に出るからわかりやすいんだけどよ、今日は珍しくお前もわかりやすいツラしてるから」
「おろ、機嫌がよさそうに見えるでござるか」
「いやいや、どちらかというと鼻の下がのびてる」
「・・・・・・」
意識して顔を引き締めると、昨晩の再現のように左之助が飛びかかってきた。
「ってことは! 昨日嬢ちゃんとは何かあったんだな?! どこまでやったんだ?!」
「ぐぇぇぇ左之、ちょ、首っ! 締まる!」
「うらうら勿体ぶらないで白状しろよこいつぅ」
ぎりぎりと左之助が剣心の首を締め上げていると、遠くから「こらー!」と声が飛んできた。
「ちょっと左之助ー! 剣心を殺す気ー!?」
道の向こうから、男ふたりのやりとりに気づいた薫が、振り返って叫んでくる。剣心は下から腕を素早く繰り出して、昨日の恵に倣って左之助の額を拳固
で突いた。
「薫殿ー、大丈夫でござるよー」
駆け戻ってきそうな勢いだった薫は、その様子を遠目で確認し、安心したように手を振ってから再び歩き出す。
「・・・・・・で、実際どーなんだよ。何かあったんだろ?」
額をさすりながら、左之助が懲りずに尋ねる。剣心と薫の間に流れる空気にはもともと気安いものがあったが、今日のふたりにはまた違った雰囲気があ
って、その原因が何なのか好奇心を刺激された。
「別に何も?」
「嘘つけぇ」
「それより左之」
「ん? 何だ?」
「―――二度と薫殿に、昨夜のようなことはしないように」
すっ、と。剣心の声の温度が、急激に下がる。
敵を見据えるような目を向けられて、左之助の背中に冷たいものが走った。
「酔っていたからという言い訳は通用しないでござるよ」
付け加える剣心に左之助は繰り返し頷きながら、ひょっとして自分は昨夜、生命の危機に直面していたのではないか―――と、今更ながらに慄いた。
了。
2013.05.14
モドル。