狼さんと子猫ちゃん(小説バージョン)









        朝、目が覚めると猫耳が生えていた。





        って、いやいやいや。
        夢よね? これって、夢だよね?



        触ってみた。毛並みのいい耳だった。
        引っぱってみると、痛かった。と、いうことは、夢じゃない。

        鏡を見てみると、髪の毛と同じ色の黒い耳がふたつ、頭の上にぴんと立っている。
        おまけに、ご丁寧にお尻にはすらりと長い尻尾まで生えている。



        ど・・・・・・どうしようどうしようどうしよう。



        鏡に映る青ざめた自分の顔(猫耳つき)を呆然と眺めていたら、後ろで剣心が起きる気配がした。
        あああどうしようこんなの見たら絶対に気味悪がられちゃうと思いながらおずおずと振り向くと、剣心は驚いた様子でわたしを見て―――
        そしてその顔をぽーっと上気させたかと思うと、おもむろに抱きついてきた。



        「・・・・・・可愛いっ!」



        ・・・・・・声の調子から察するに、どうやら感動しているらしい。
        そして、朝だというのにまた布団の中に引き戻されて、猫耳に噛みつかれた。

        ぞくっとしてしまい声が勝手に漏れ出たが、その声が「にゃあ」だったものだから自分でもびっくりした。
        それにまた「可愛い」と感動されて、「もっと聞かせて」と寝間着を剥ぎ取られて、泣き声というか鳴き声をあげざるを得ないようなことを色々された。



        えーと、まぁ、不気味に思われるよりはずっといいんだけれど。




        ・・・・・・にゃあ。










        喋ってみた。
        「にゃあ」以外の人間の言葉もちゃんと喋れたので安心した。


        ご飯を食べてみた。
        猫舌になっていたのに気づかずお味噌汁で火傷をした。


        口づけられた。
        「ちょっと、ざらっとしてるかも」と剣心に言われた。

        あ、えーと、その・・・・・・舌が、です。
        猫の、だからね。



        夕方、縁側に腰をおろした剣心の膝に甘えたくて甘えたくて仕方がなくなった。
        剣心にそう言うと、彼はむしろ大喜びで膝枕をしてくれた。

        「誰かに見られたらどうしよう」と心配したけれど、「猫は甘えるのが仕事だから大丈夫」と言われた。
        彼の膝は、暖かくて気持ちよかった。




        そんな感じに、案外普通に一日を過ごすことができた。










        夜、寝所で髪を梳いていたら剣心の手が後ろからのびてきた。
        「猫って、ここが好きでござるよな」
        そう言って、喉を指でくすぐられた。



        ・・・・・・う、うわぁ。
        な、何これ何これ。


        やだ、喉って・・・・・・こんな、だったかしら?



        「け、剣心・・・・・・それっ、やめて・・・・・・みゃあっ!」
        「やめていいの?」
        「に・・・・・・にゃあぁ・・・・・・」
        「どっちでござるか?」


        愉しげに訊かれても、返事ができない。
        でも、ごろごろごろと勝手に喉が鳴ってしまう。これでは「気持ちいい」と答えているようなものだ。

        喉をくすぐっていた剣心の手が、襟元を乱しながら胸の方へと降りてくる。
        すっかり力が抜けた身体を、布団の上に横たえられる。



        寝間着を脱いだ彼が覆い被さってきて、わたしは彼の背中に腕を回した。
        爪を立ててしまわないように、気をつけた。








        ★








        朝、目が覚めると隣で寝ていた薫の頭から猫耳が消えていた。
        ああよかったと安堵する反面、可愛かったのに勿体ないなとも思った。

        しかし、今度は彼女が俺の頭を指差して驚く番だった。
        頭に触ってみると、狼の耳が生えていた。



        まぁ、一晩寝れば彼女も元に戻っていたので、多分心配することはないのだろう。
        ふさふさの尻尾を揺らしながらそんな事を考えていると、「やっぱり、お肉とか食べたくなるのかしら?」と尋ねられた。


        ちょっと考えてみたが、そういう欲求は湧いてこないようだ。
        むしろ―――



        おもむろに彼女に手を伸ばし、口づけて、押し倒す。
        驚きに目を大きくした彼女を見下ろしながら、「薫殿を食べたい」と言った。



        大真面目に「食事的な意味で?」と訊かれたので「違う方の意味で」と答えると、「・・・・・・いつもと同じじゃない」と言われた。
        それもそうかもしれないが―――いや、ちょっといつもより旺盛な気がする。
        食欲ではなくて、違う方の欲が。

        獣になってしまったぶん、いつもより本能的になっているのかなと考えつつ、薫の喉に牙を立てる。
        傷つけないよう注意しなくては、と思ったがどうやらそれは大丈夫そうで、彼女の唇から漏れたのは痛がる声ではなく甘いため息だった。



        「いただきます」



        耳に唇を押しつけて囁くと、薫の肩がぴくりと震える。




        「・・・・・・にゃぁぁぁん」




        まだちょっと、昨日の「猫」が残っているようだ。
        可愛すぎる鳴き声にうっとり聞き惚れながら、彼女を美味しくいただいた。












        了。



         マンガ版はこちらをどうぞ。




                                                                                      2013.12.19





        モドル。