わたしたちのケンカは、金平糖に似ている。
「剣心の、ばーか」と。
軒を叩く雨音に乗せて、小さな声で言ってみる。
何もあんな言い方しなくたっていいじゃない。
そりゃ、わたしだって悪かったと思ってるわよ、でも。
それにしたって、頑固すぎるわよやっぱり。
ばーか、剣心の、ばーか。
雨音に乗せて、ちくりちくり。
胸に、とげのある言葉が次々うかぶ。
雨音に乗せて、とげはどんどん増えてゆく。
いつしかすっかり、心は尖ったとげに覆われて。
―――でも、この頃になると、いつもたいてい、悲しくなる。
きつい言葉を投げてしまったこと。
怒った顔を見せてしまったこと。
剣心がそばにいないこと。
そんなあれこれに、悲しくなってきて―――
・・・・・・うん、確かに、わたしだって悪かったの。
あんな事ほんとは言いたくなかったの。でもわたしも感情的になっちゃって。
剣心も大概頑固だけれど、それはわたしも似た者同士で。
そんなことを考え始める頃、心を覆うとげは、少しずつ少しずつ、溶け始める。そして、
「・・・・・・薫殿」
「きゃあああっ!」
突然、至近距離から声をかけられて。びっくりして心臓が跳ね上がる。
足音をたてないように近づいたのだろう、剣心はいつの間にか、すぐそばにいた。
「もう〜!気配消して近づかないでよ!びっくりするじゃないの!」
「うん、ごめん」
するりと、彼の口からこぼれ出た、謝罪の言葉。
「それに・・・・・・さっきはごめん。拙者が、言い過ぎた」
そのまま、言葉は続いて。
すまなそうに寂しそうに下がった彼の眉に、ああ、あなたも同じ気持ちだったのね、と。
ひえびえしていたわたしの心に、ふわりとあたたかいものが流れこむ。
あなたもやっぱり、寂しくなっちゃったのね。
とげとげしく、傷つけあっているのに、耐えられなくなっちゃったのね。
「・・・・・・わたしこそ、ごめんね。意地っぱりで」
「・・・・・・許してくれる?」
「わたしの台詞だわ、それ」
こつん、と。首をかたむけた剣心のおでこが、わたしのそれに当たる。
ふたり一緒に、照れくさげに微笑んで。心のとげが、ひとつひとつ、溶けてゆく。
「ごめん」
「ごめんね」
小さく頬に口づけられたから、わたしもお返しに口づける。
優しい言葉とぬくもりに、とげがどんどん溶けてゆく。
舌の上で転がした金平糖が、甘く溶けてまあるくなってゆくように。
「星、きれいよ」
いつしか雨はやんでいた。寝間着を羽織って窓を開けると、まだ少し湿った風が寝室に流れこむ。
ずし、と肩に体重がかかる。素裸のままの剣心に、後ろからのしかかるように抱きしめられる。
「そんな格好で、窓を開けない」
「剣心こそ」
「男はいいんでござるよ」
そう言いながら、彼も空を見上げて「ああ・・・・・・綺麗でござるな」と声をこぼす。
「雨上がりならではでござるな」
「ほんとねぇ・・・・・・いつもより、きらきらして見えるわ」
「薫」
「ん?」
首を動かしてふりむくと、口づけられた。
目を閉じると、剣心が片手で器用に窓を閉める気配。
身体の芯からとろけてしまうような接吻に、足から力が抜けてゆく。
そのまま、倒れこむようにして布団に引き戻される。
心のとげが、すっかり甘く溶けた頃。
頭上には、きらめく満天の金平糖。
了。
2018.06.17
モドル。