「・・・・・・あら?」
頂き物のかすていらの箱をおそるおそる開けた君は、中を覗きこんで、ちょっと驚いたように呟く。
「おろ、無事でござるな」
「ほんと・・・・・・こんなにふわふわなお菓子なのに、意外と頑丈なのねぇ」
ひと安心、というふうに君が頬をほころばせたのは、数分前うっかり手をすべらせて、かすていらの入ったこの箱を床に落としてしまったからだ。
中で無残な姿になっているのでは、と。そう思いながら蓋を開けたが、かすていらはその形を崩すことなく、しゃんと四角を保ってそこに在った。
「じゃあ、さっそくみんなに持っていかなきゃ」
「あ、切るでござるよ」
育ちざかり食べざかりの門下生たちは、師匠からの「今日はおやつがあるわよ」という言葉を聞いて、いつも以上にはりきって稽古に打ち込んでいた。
稽古を終えたばかりの彼らは今ごろ道場で、餌を求める雛鳥よろしく、かすていらを待っている筈だ。
手早くかすていらを切り分ける。君はそれを盆に並べて、俺たちふたりが食べるぶんを別に二切れ、揃いの皿に乗せた。
そして、黒文字で小さくひとくちぶんを削って、「あーん」と差し出してくる。
ぱくっと、かすていらを口にする。舌の上に、ふんわり優しい甘さが広がった。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
「じゃ、わたしもひとくち・・・・・・」
ひとかけらをひょいと自分の口に運び、君は「ん〜!」と幸せそうな声を漏らして目を細める。
・・・・・・その、声と、表情といったらもう・・・・・・ほんとに、なんというか。
まったく、どうしてこんなに可愛らしいいきものがこの世に存在するんだろう?
「薫殿は、かすていらが好きでござるな」
「うん、好き!剣心だって好きでしょう?」
「うん、大好きでござるよ。かすていらは薫殿に似ているし」
君はきょとんとすると、微妙に首を傾げた。
「・・・・・・今、なんだか嬉しい台詞を言われたような気がするんだけど」
「うん、嬉しいと思ってくれたら嬉しいでござるな」
ぐっと顔を近づけてそう言うと、白い頬にほんのり血がのぼった。
つまりは、かすていらも好きだけれどかすていらに似ている君のことが俺は大好きです、という意味なのだが、でも。
「・・・・・・わたし、かすていらに似てる?」
「似てるでござる」
「・・・・・・どこが?」
そもそも、人間とお菓子が「似ている」とはどういう事だろうと、不思議に思ったのだろう。
君は追及してきたが、あえてもう少しの間、はぐらかしておくことにしよう。
「あとでゆっくり教えるでござるよ」
更に顔を近づける。君との距離が零になる。
ぱくっ、と。かすていらを食べるみたいに、唇に噛みつくように口づけると、君はますます赤くなった。
「・・・・・・うん、ちゃんと教えてね」
「うん、しっかり教えるでござる」
頬を赤く染めたまま、「じゃあ剣心、お茶よろしくね」と、君は台所を後にした。
承知いたしたと答えつつ、まな板の上にこぼれていたかすていらの一欠片を、つまんで口に含む。
君とかすていらの共通点。
甘い香りにふわふわの触り心地と、優しい舌触り。
一見すると、傷つきやすくて壊れやすそうだけれど、思いがけず頑丈なところ。
辛いことに直面しても、ふわっと受け止めてしっかりと前を見つめて、健気に「大丈夫!」と笑ってみせる。そんな気丈さと、柔らかな強さ。
そして勿論、食べたらとびきり甘くてとびきりおいしいところも、そっくりだ。
かすていらの欠片をゆっくり味わってから飲みこんで、お茶の支度にとりかかる。
どこがどんなふうに似ているのか、門下生たちが帰ったら、君にゆっくり教えてやらなくては。
特に、味については、しっかりと。
了。
2018.06.08
次は、どのお菓子を食べる?