小さい足に下駄をつっかけ、玄関先に走り出る。
のびあがって道の先を、じいっと眺める。
今朝から繰り返していたその動きを目撃されていたらしい。
何度目かに表に出ると、ご近所の老婦人から「今日は大事なお客様がいらっしゃるの?」と声をかけられた。
「えへへ、ちょっとねー」と笑って答えたその直後だった。逃げ水に揺らいだ道の向こう、連れ立ってゆく一組の夫婦の姿が見えた。
「緋村ー!薫さーん!」
半年ぶりに会う友人たちにむかって、操は大きく手を振った。
迎え盆
1
「ふたりの祝言の様子は、操からたっぷり聞かせてもらったよ。遅ればせながら、本当におめでとう」
そう言って笑う翁に、剣心と薫は揃って頬を染め「ありがとうございます」と頭を下げる。冬の終わりに祝言を挙げた際、蒼紫と操ははるばる京都から祝い
に駆けつけてくれたのである。正確には、操が「どうしても行きたい!」と言ってきかなかったため、翁が「それなら蒼紫も一緒に」と、お目付け役に伴わせ
て送り出したらしい。
「もうねー、薫さんがほんとに綺麗でー、お姫様みたいだったのねー。清楚な白無垢がよく似合ってて、でもその後の色打掛がまた・・・・・・」
胸の前で手を組んでうっとりと語り出した操に、翁は苦笑する。どうやらこんな調子で幾度も「たっぷり」と聞かされてきたようだ。
「おかげさまで、わしも花嫁衣裳の柄を諳んじられるくらいじゃよ。色直しもして、どちらも大変豪華だったとか」
「お友達が見立ててくれたんです。ほんとに、わたしには勿体無いくらいの素敵な花嫁衣裳で・・・・・・」
薫は照れくささに肩をすくめて縮こまる。祝言の衣装は、縁あって親しくなった呉服屋の娘からの心づくしだった。
思いの外見事な衣装を見立てられて、薫は「分不相応だ」とおののいたが、彼女―――薫とそっくりな容貌の友人・馨は「花嫁はどれだけ着飾っても着飾
りすぎるということはないのよ」と持論を展開し、薫の遠慮などどこ吹く風で押し切った。実際、華やかながらも品のよい花嫁衣裳は薫によく似合っており、
参列者の目を大変に喜ばせ、新郎の目尻を下がりっぱなしにしたのだった。
「まぁ、花嫁衣裳以外のことも蒼紫から報告してもらっての。よい門出を迎えられたようで、何よりじゃよ」
傍らで、いつもの無表情で話を聞いていた蒼紫が軽く目礼をした。彼からの「報告」というとどうも戦地での斥候か何かのようだな―――と剣心は思った
が、おそらく操とは対照的に、簡潔に過不足なく当日の様子を語ったに違いない。
「その後も仲良くやっているようで、重畳じゃ。今回もゆっくり過ごしていってくだされ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、お世話になります」
翁の厚意に、剣心と薫は礼を返す。横で彼らのやりとりを聞いていた操は、立ち上がると「じゃあ、ひとまずお部屋に案内するね」と促した。
「ああ、緋村くん。忘れていた、これを・・・・・・」
と、翁は下がりかけた剣心を呼び止める。そして、一枚の紙片を手渡した。
「頼まれていた品だが、調べておいたよ。この店で扱っているようなので、行ってみるとよい」
「いや、かたじけないでござる。拙者はどうも、こういうものには疎くて・・・・・・」
恐縮する剣心の手元を、操はふっと覗きこむ。翁が渡した紙には簡単な地図と、店の名前が書かれていた。
「水仙堂?緋村、ここに行くの?」
「知っているのでござるか?」
剣心の問いに、操は目を輝かせて「もちろん!」と頷く。
「とっっっても可愛いお店だもん!お香とか簪とか、可愛くて趣味がいいのをいっぱい扱っていて・・・・・・あたしも時々覗きに行くんだー」
そう言って操は、薫の肩にぽんと手を置いた。
「ねぇねぇ、何買ってもらうつもりなの?薫さん」
「え?」
「これから行くんでしょう?緋村とふたりで、水仙堂に」
薫はきょとんとして、それからくすりと笑った。
そして「違うわ、わたしの買い物じゃないのよ」と操の早合点を訂正する。
「巴さんの、白梅香を買いに行くの」
★
「・・・・・・どうした?不機嫌そうだな」
この度、剣心と薫が京都を訪れた目的は、盆にあわせての巴の墓参りである。
なので当然、葵屋に着いたふたりは旅装を解くと早速、墓地へとむかった―――正確には、水仙堂を経由してから墓参りにゆく訳だ。
玄関先で「いってらっしゃい」と、剣心と薫を送り出した操は、遠ざかってゆく彼らの背中を仏頂面で眺めていた。なので、蒼紫の言った「不機嫌そう」という
言葉はかなり控え目な表現で―――誰が見ても今の操の表情は、「ものの見事に不機嫌」と断言することだろう。
「・・・・・・水仙堂って、若い女の人に人気のお店なの」
「そうらしいな」
「だから、あのお店を贈り物を選ぶのに使う男性も多いんだって」
「そうなのか」
蒼紫の返答はごく短かった。なんとなれば、彼は操の不機嫌の理由を既に察していたから、殊更に疑問符を投げかけなくても次に操が何と言うか見当は
ついていたので―――
「緋村、ちょっと無神経じゃない?!そういうお店に奥さんと一緒に行くっていうのに、目的は他の女の人への贈り物なんだよ?!」
噛みつくようにまくしたてる操を、蒼紫は「そうだな」と同意しつつ、受け流した。
「この場合は『供え物』なのだから、贈り物とは意味合いが違う。だから、お前が気を揉むようなことではないだろう」
「それはそうかもしれないけれど・・・・・・」
理屈はわかるが、感情としては納得できず、操はぶつぶつと呟く。
そんな操の頭に蒼紫はぽん、と手を置くと、中に戻るよう促した。
2 へ続く。