5  傷









        自分が、嫉妬深いことは知っている。
        いや、薫を好きになってから、自分が嫉妬深いことに気づいたというべきか。




        それは、割と早い段階からで。例えば左之助が持ち前の気さくさで彼女と親しく接するのが、見ていて面白くなかった。
        一度は本気で彼らの仲を疑って、左之助の長屋に乗り込んで行ったこともあるくらいで―――思えばあの頃、その「嫉妬」もきっかけで、改めて薫への想
        いをつよく自覚していった。

        縁と孤島で対決したとき。あれは純粋に自身の過去に決着をつけるための闘いだった。そう思って、戦った。
        しかしながら、それとは別にこれまた純粋な感情として、薫が自分以外の男性に連れ去られたことについて、「嫌だ」と思った。
        縁が「姉に軽蔑されるような行動」をとるわけがないし、強制的に監禁されていた薫に対しても失礼な、子供じみた感情である。その事を頭ではわかって
        いても、嫌なものは嫌であった。

        そしてつい先日は、門下生の兄から薫が懸想されていることが面白くなくて、八つ当たりのような行為を彼女にぶつけてしまった。
        自分の妻が、異性に人気があることは承知しているし、誇らしいとも思っている。常に男ばかりの「剣」の世界に身を置いている彼女の、竹刀をとって稽古
        をつける姿は凛々しくて、美しくて。彼女の周りにいる男どもが目を奪われたり心を奪われたりするのはやむを得ないし、むしろ当然とすら思っている。
        けれど、そう思っていても、悋気が頭をもたげることはたびたびあるわけで―――今の状況も、まさにそれで。




        ただ、今までと全く違うのは、妬く対象が「彼女が昔好きだったひと」だということだ。










        「きゃ・・・・・・!」
        道着の袷を押し開かれて、薫は短く悲鳴をあげた。さらしに巻かれて仰向けになっても、豊かな胸の膨らみはきれいな形を保っている。
        「・・・・・・先に、こっちをほどいておくべきだったかな」
        きっちり巻かれた、晒しが邪魔だ。裸にしてから縛るべきだったかもしれないが、まぁ、今更である。
        「ふ、ぁっ!」
        布の上から食い込む指に、堪らず声がこぼれる。反らせた首に口づけて、吸いついて、覆い被さって愛撫をしているうちに、晒しがゆるんで白い乳房が露
        わになった。

        「い・・・・・・や・・・・・・」
        何度抱いても、情事の最初の薫の反応はいつも初々しくて、そこが可愛くてたまらないのだけれど。今日の彼女は腕を拘束されている所為で、表情にも
        声にいつもとは違う怯えの色が滲んでいる。
        怖いのだろう。動けない状態で、好きにされることが。
        晒しを押し退け、乳房に噛みつく。発せられた悲鳴は、既に泣き声に近かった。


        今日のこの行為は、どんなふうに彼女に刻み込まれるのだろうか。
        身体と心に、どんな痕が残るのだろうか。


        「やっ・・・・・・!」
        腰紐を解いて、袴を脱がせる。
        脚に手をかけ開かせようとしたら、抵抗するかのように、かたく力がこもっているのがわかった。

        「脚、ひらいて」
        「・・・・・・剣心」
        「うん?」
        「ねぇ、ほんとに・・・・・・このまま、で・・・・・・?」
        薫の困惑を理解しながら、剣心は「いつもしていることと、することは同じでござろう?」と、わざと真面目な顔で返す。
        「お、同じじゃな・・・・・・あっ、駄目ぇっ!」
        閉じようとする脚を力任せに開かせて、剣心はその間に身体を置く。
        胸から腹部へ、更にその下へと、乾いた手のひらがゆっくりゆっくり肌を撫でおろす。ぞくぞくする感覚に、薫はぎゅっと目を閉じた。

        ひとつひとつ、彼女の感じるところに触れてゆく。
        触れて、歯をたてて、舌でなぞって、指を沈めて。腕の拘束が痛くて無理な姿勢が苦しいだろうから、その分いつもよりも丹念に、丁寧に。
        そうしてゆくうちに、君の内側はだんだんと熱くやわらかく変化してゆく。俺とひとつになるために、君が内側からとろけてゆく。


        「けん・・・・・・しん・・・・・・」
        潤んだ声で呼ばれて、剣心は薫の顔を見た。
        濡れた睫毛に飾られた瞳が綺麗で、剣心は誘われるように首をのばして、その目許に口づけた。

        珊瑚色の唇が、彼を求めるように開かれる。
        唇を深く重ねながら、剣心は薫の細い腰を引き寄せた。


        かつて俺は、君のことを傷つけた。
        一方的にさよならを告げて君のもとを去って。まだ少女の君には酷すぎる過去を突きつけて。君は何度も泣いて、悩んで苦しんで。それでも俺の傍にいる
        人生を選んでくれた。心に傷を負ったことにも構わずに、今も俺に笑いかけてくれる。
        だから俺は、もう二度と、あんなふうに君を泣かせたりしないと誓った。二度と、君を傷つけたりするものか、と。



        ―――でも。



        「あ、ぁ・・・・・・」
        薫のなかに、ゆっくりと沈み込む。いつもならばこの瞬間、腕が伸びてきてしがみつかれるのだが、今日はそれがない。
        白い喉が反って、息とともに漏れた声は切なげで。剣心はどこか苦しそうな表情で、組敷いた薫をじっと見下ろす。



        君が愛しているのは俺だけで。
        君が愛するのを許した相手は俺だけで。
        君を女にしたのは俺で、こうやって君と肌を重ねて愛し合えるのも俺だけで。
        君の良人と呼ばれて、君と同じ未来を見て歩く相手も俺だけで。

        そして、君の心に傷を刻んだ男も、俺だけだと思っていた。
        けれど、そうではなかったのだろうか。

        君はかつて違う男のことが好きで、でもその男は別の女性と夫婦になって、君の想いは終わらせざるを得なくて―――
        君はその時、傷ついたんだろうか。
        真っ白な心から、赤い血を流したのだろうか。



        嫌だった。
        すごく、嫌だった。

        君が、俺以外の男に傷つけられたことが、すごくすごく嫌だった。
        まっさらで真っ白な君の心に、唯一傷を刻んだのは、俺だけだと思っていたのに。



        君を悲しませて苦しませて傷つけたことを、後悔している。それは、紛うことなき真実だ。
        でも、それと同時に―――




        俺は、君の心に傷を刻んだただひとりの男になれたことを―――「うれしい」、と感じていたんだ。








        「あ・・・・・・ぁっ!」
        腕の拘束の所為で、加減なく揺さぶられるままの身体をどうすることもできなくて、苦しい。
        苦しいのに気持ちよくて、その所為であられもなく歪んだ顔を見られるのが恥ずかしくて、でも隠すこともできない。
        薫はせめて、首を横によじって剣心から顔を背けようとした。しかし、小さな顎に指がかかって、ぐいっと正面を向けさせられる。

        「こっち、見て」
        「や・・・・・・ぁ・・・・・・」
        「ちゃんと見たいんでござるよ。感じている顔がかわいいのだから」
        薫の上気した顔が、更に赤く染まって、剣心は口の端を上げた。
        汗にまみれて乱れた黒髪を頬に貼りつかせて、蕩けきった表情を見ることが出来るのは、間違いなく自分だけだ。
        こんなふうに彼女を抱けるのは、愛し合えるのは、間違いなく世界でただひとり、俺だけ、なのに―――


        「・・・・・・ぁあ!」
        跳ねるように、薫の裸身が大きく震えた。
        もうこれ以上は深く繋がれないところまで、深くつよく、彼女を責め立てる。






        心というものは、何処にあるのだろうか。
        この身体のいちばん奥に?
        それとも、やわらかな胸の内側に?


        君のそこには、違う男が刻んだ赤い傷痕が残っているのだろうか。
        俺以外の男なんかに、傷つけられたりしてほしくなかったのに。





        君に傷を刻んだのは、世界で唯一、俺だけでいたかったのに―――













        6  「来客」へ 続く。