公平な夜







        うつぶせになった背中を隠す、乱れた三つ編みがそっと除けられる。
        つぅ、と。背骨に沿った線を撫で下ろされ、薫の肩がぴくりと震えた。



        「・・・・・・動ける?」
        耳元でそう囁かれて、身じろぎをすることで肯定に代えた。
        「起こすよ」と言った剣心は、彼女の身体を後ろから抱き起こし、自分の脚の間に座らせる。

        「あぁっ・・・・・・!」
        ひとつになった途端、自重で身体がぐっと沈み込む。薫はたまらず背を反らせた。
        下から突き上げられるのに合わせて、あられもない声がこぼれる。堪えたくても堪えられないのは、剣心に拘束されているからだ。後ろから、両の腕ごと
        きつく抱きしめられて、彼にすがりつくことも敷布を握って耐えることもできない。どこかにしがみついて歯を食いしばれば、きっと我慢できるのに。

        指が、裸の乳房にかかり、薫はぶんぶんと首を横にふった。
        「嫌?」
        そう問われて、困惑する。
        こんなふうにされるのは、嫌じゃない。嫌なわけがない。でも―――



        「あ・・・・・・!」
        抱きすくめられたまま、肩に手がかけられる。
        ぐっと。下へと押しつけられるように、力がこめられる。




        泣き声が喉をせり上がる。
        いちばん深いところで彼を感じて、薫の白い身体が大きく震えた。








        ★








        「・・・・・・不公平だわ」



        剣心の胸に頬を預けながら、薫は彼の上でふてくされた声を発した。
        「おろ、何がでござるか?」
        「声よ、声!」


        先程のように、後ろから腕を封じられた格好で抱かれたら、声を思うように我慢できない。自分のものではないような自分の声が恥ずかしくて、聞きたくな
        くて、けれど耳をふさぐこともかなわない。多少は、まぁ仕方ないとしても、あまりに大きな嬌声を上げるのは、はしたないから嫌なのに。

        しかし、仰向けに寝転がった剣心は薫のふくれっ面などどこ吹く風というふうに、「拙者は、もっと聞きたいでござるが」と、にこにこ笑ってのたまった。
        「わたしは、恥ずかしいのにぃ・・・・・・」
        「拙者は、もっと気持ちよくなるんでござるよ。薫殿の声を聞いていると」
        にっこり笑顔でそう言われた薫は、真っ赤になって彼の肩のあたりをぽかぽか叩く。「痛いでござるよ」と、お返しとばかりにお尻の肉をむにっと掴まれ、
        薫はきゃーと悲鳴をあげた。
 
        「ところで、何が不公平なんでござるか?」
        「だからぁ」と唇を尖らせ、薫は剣心をじとりと睨む。
        「わたしばかり恥ずかしい思いをするのは、不公平だと思わない?」


        剣心は、いつもとても優しい。誰に対しても優しくて、そして、公平だ。
        親しいひとに対しても、ただやみくもに優しくして甘やかすわけではなく、諫めるべきときはちゃんと諫めてくれる。つまりは、とても大人だ。

        けれども、わたしに対しては、時々いじわるで不公平だ。
        時々というか、主にこういう事をしているときと言うべきかもしれないけれど。


        妻の言い分に、剣心は少しの間なにか考えるかのように目線を空に漂わせた。そして、眉間に皺を寄せつつ視線を薫へと戻す。



        「じゃあ、拙者も声をあげるべきでござるか?薫殿と同じように」



        剣心の提案に、薫は目をぱちくりさせる。そして、その様子を想像して―――想像しようとして、脳がそれを拒否した。慌てて首を横にふり、「嫌!たしかに
        公平だけど、それは嫌っ!」と即座に却下する。なんというか、理屈抜きにそれは嫌というか、生理的に受けつけられそうにない。
        「わがままでござるなぁ」
        剣心は、自分の上にある薫の身体に手をかけて、ごろんと布団の上に転がした。噛みつくように口づけられて、薫は腕を伸ばし、彼の首に抱きついた。
        唇を重ねながら、互いの境目がわからなくなるくらい、ぎゅっと抱きしめ合うのが心地よい。身体の奥はまだまだ熱くて、ざわざわと疼いて―――剣心も
        同じなのかしら、と薫は思う。

        「後ろ、向ける・・・・・・?」
        問われて、薫は頷いた。もう一度身体を反転させて、布団の上にうつぶせになる。腰を持ち上げられるのを感じて、薫は敷布をぎゅっと握った。
        ああ、これなら先程よりは声を我慢できそうだ。そう思いながら目蓋を閉じると、剣心が後ろから覆い被さってきた。
        ふたたび、身体が重なる。そして―――



        「・・・・・・好き」



        不意打ちに、薫の心臓がどきりと跳ねた。



        「え???」
        「好き」
        「・・・・・・?!」

        感じるのと同時に、耳に流れこむ「好き」の言葉。
        これは、これって、一体―――

        「け、剣心・・・・・・?!なにっ?!突然・・・・・・」
        「嫌なんでござろう?薫殿だけ声を出すのは」
        「え・・・・・・」


        自分だけ声を出すのは恥ずかしくて、不公平だ。でも、同じように声をあげられるのも嫌だという訴え。
        それに対する剣心の答えが、これだった。

        「こういう声なら、耳障りではないでござろう?」
        笑いを含んだ剣心の声。そんな、こんなの、耳障りなわけがない。


        「あの、剣心・・・・・・」
        「好き」
        「・・・・・・っ!」

        こんなの、耳障りどころか幸せすぎる。
        剣心はさっき、声を聞いているともっと気持ちよくなると言っていたけれど、わたしも―――



        「薫、好き・・・・・・」
        ぐっと上体を前に倒して、剣心は薫の耳元で囁く。
        身体の奥と、聴覚を通して心の奥に届く快感に、頭のなかが真っ白になる。





        剣心は、いつもとても優しい。誰に対しても優しくて、公平だ。
        そして、わたしに対しては時々いじわるで不公平で―――特別に、とびきり優しい。







        気がつくと、彼の声に応えるように、薫の唇からも繰り返し「好き」という言葉が飛び出していた。
        互いに公平に、等しくこの夜の幸せを享受するために。













        了。





                                                                                        2018.10.18






        モドル。