君の髪が好きだ。
まっすぐ黒くてやわらかくて、撫でると指に心地よくて。ひなたにいるとき、頬をくっつけるとあたたかい。
雪の日の白く凍えた花弁は、君の髪を飾るために舞い降りるようだ。
見慣れたはずの濡れた洗い髪に、いつも目を奪われて、指を這わさずにはいられない。
夜、敷布の上に散らばる濡羽色は、肌の白さに映えてぞくぞくするほど綺麗で。
口づけながら、君の髪を掻き乱すのが好きだ。リボンをほどいて、指を差し入れて、地肌に触れて。
乱れた髪から立つ、ふわりと甘い香り。それを感じながら、君を味わうのが好きだ。
君の髪に口づけるのも好きだ。ひとふさを指に絡めて、そっと引き寄せて唇で触れると、君は真っ赤になってぴくりと震える。
髪に神経が通っているわけでもないのに、不思議だ。けれど髪に接吻したときの君のそんな表情はとても可愛い。
悪戯に、君の髪を引っ張ってみることがある。痛くないよう、加減しながら。
君が「もう!」と、子供を叱るような顔で俺を睨んで、そしてくすっと笑う。そんなふうに叱ってもらいたいがために、俺は注意深く君の髪を引っ張る。
時折、ねだって君の髪を梳かせてもらう。君は照れくさそうに笑って、ちょっと肩をすくめるようにして「じゃあ、お願い」と言う。
つやつやの髪に柘植の櫛を滑らせながら、鏡に映る君の顔を盗み見るのが好きだ。
こんなふうに、君の髪に触れることができるのは俺だけで、そんな事実に独占欲も満たされて。
でも、女の子が産まれたら、いつか母子で互いの髪の毛を結ったりするのだろうか、と。そんなことを想像しては、頬をほころばせる。
君に不思議そうに「何、笑ってるの?」と訊かれたら、「何でござろうな」と濁しつつ、頭のてっぺんに口づけてやる。
藍色、桜色、さんご色に藤紫。
色とりどりのリボンが似合う君の髪。
肩の上を滑って、帯の結び目を流れて。
軽やかな足取りとともに、揺れて、弾んで、風になびいて。
光を浴びた君が笑うと、その黒髪もさらさらきらきらと輝いて。
でも、その黒髪が真っ白になった君を見るのも、今から楽しみなんだ。
その頃の俺たちは、数えきれないくらいの思い出を重ねてきて、たくさんの時間を一緒に過ごして、子供どころか孫だっているかもしれない。
君の髪が白くなった頃にはおんなじように俺も白髪になっていて、いやもしかしたら量も減ってたりするんだろうかそれはあまり嬉しくないが。
とにかく、お互いそんなになるまでずっと一緒にいて、ああこんなに長い間一緒にいるんだねぇと、ふたりでしわしわな顔で笑いたいんだ。
もしも年をとった君が、かつての黒髪を懐かしむようなことを口にしたら、俺は「君の白い髪も好きだよ」と言おう。
そうしたら君は、どんな表情を見せてくれるんだろうか。
きっとその頃の君も、今と変わらず笑顔が綺麗で――――
「何、考えてるの?」
隣に横たわる君の声に、我に返る。
情事の後、汗ばんだ肌に貼りついた君の髪をはがして、指に絡めて遊びながら、つい物思いにふけってしまった。
「薫殿の髪が好きだなぁ、と。そう考えていた」
そう言ったら君は驚いたように目を大きくして、次いで口許をほころばせる。
そして、とろけるような微笑みを浮かべながら、続ける。
「好きなのは、髪だけ?」
ああ、きっと俺はその言葉を待っていた。
身体を起こしてもういちど君に覆い被さる。君と俺の前髪が、触れあって絡み合う。
「・・・・・・その髪も薫殿も、好きだ」
口づけながら、君の髪に指を差し入れて、愛撫する。吐息を奪い、もう一度身体を重ねる。
君の黒髪が白くなって、ふたり揃ってしわしわになった頃、俺たちはどのくらい沢山の思い出を抱きしめているんだろうか。
ふたりで過ごしてきた、かけがえのない時の記憶を。
だから、何度でも君に告げよう。
未来の君が、この瞬間を思い出したとき、懐かしくいとおしく笑ってくれるように。何度でもくりかえし―――
「・・・・・・薫殿が、好きだ」
了。
2017.05.13
モドル。