「・・・・・・あの、ひょっとして」
案内された部屋は、広くて明るくて感じのよい部屋だった。
そう、広くて―――それは大人ふたりがゆうに寛げる広さで。
「わたしたち、同じお部屋、なんです、か・・・・・・?」
単語を切って確認するように―――というよりはむしろ、何度も喉に言葉をつっかえさせながら薫は尋ねた。こんなに短くて、こんなに簡単な質問だとい
うのに。一方、答える側のお増もそんな薫の様子を目にして、困ったように頬に手をあてた。
「えーと、わたしも今回はどうしたらいいのかなーって考えたんですよ。ほら、以前いらしたときはずっと別々だったじゃないですか」
「あ、いや、そのっ! だから今日も別々でいいかなーって、わたしは・・・・・・」
我が意を得たり、とばかりの台詞は、しかし「ええ、でも」という声に遮られた。
お増は後に続ける言葉を一旦飲みこみ、僅かの間躊躇して―――ようやく口を開く。
「一緒の部屋にしてくれっておっしゃったのは、緋村さんなんです」
他に聞いている者がいるわけでもないのに、お増は声を潜める。
ふたつ並んで敷かれた布団を前に、薫は言葉を失った。
いっしょにねようよ
1
雪代縁との闘いが終わって間もなく、剣心と薫はふたりで京都を訪れた。
剣心はまだ撃たれた腕の包帯もとれていない状態だったが、今回の一件についてきちんと巴の墓前で報告をして、けじめをつけたいと思っていた。
おもむろに「京都に行く」と言いだした剣心に、薫は当然「ついてゆく」と主張するつもりだったが―――そう言うより早く、「一緒に来てくれないか」とま
っすぐ目を見て告げられた。
彼からそう言ってくれたことが、薫はとても、嬉しかった。
京都までの道行きでは、離れていたぶんの時間を埋めるように、とりとめのないことをふたりで沢山喋った。
志々雄と闘った後の道中は「みんなでわいわい」だったから、あっという間に時間が過ぎるような旅だったが、今回はふたりきり。それでも話は尽きなく
て、沈黙すらもなんだか温かくて―――そんなわけで、やっぱり長旅の筈が「あっという間」に感じられた。
葵屋に挨拶をして旅装を解いて、すぐに巴の墓参りに向かう。墓前でそれぞれに思うことを報告し、帰りは剣心が薫の手を引いて、ゆっくりゆっくり京の
街をふたりで歩いた。夕焼けに染まってゆく空は、泣きたくなるくらい綺麗だった。
鮮やかな橙色の夕暮れが、群青色の夜空へと変わってゆく様子を眺めながら薫は、ああ、これでほんとうに全部終わったんだわ、と実感して―――
そして、葵屋に戻ってきたら、この部屋が待っていた。
★
「なんかわたしたち、同じお部屋・・・・・・みたいね」
剣心は薫にひと足遅れて、あてがわれた部屋にやってきた。
帰ってからずっと翁のお喋りに付き合わされていたのだが、漸く解放されたらしい。
「ああ、そのようでござるな」
その返答に、薫は内心驚いた。
内容にではなく、その口調にである。
まるで―――下手な役者が台詞を棒読みしているような、そんな口調。
ごまかしているつもりなら、あまりに拙いごまかし方だ。おおよそ、いつもの剣心らしくない。
これなら、たとえ先程のお増の「告げ口」がなかったとしても、きっと不自然に感じたことだろう。
―――どうしよう。
とりあえず、ここは話をあわせた方がいいのかな、と薫は判断する。
「わたしは、別に構わないけれど・・・・・・」
途端に、剣心の顔がぱっと明るくなった。
「薫殿がいいなら、拙者も」
―――こういうのを、「しらじらしい」って言うのかしら・・・・・・?
あからさまに嬉しそうな顔をする剣心に対し、薫は表情の選択に困って目を泳がせた。すると、それをどういう意味にとったのか剣心は肩から吊られて
いる右腕を示してみせた。
「その、何もしないでござるから」
「え?」
「拙者は今こんな腕だから、薫殿も安心して・・・・・・あ、いや・・・・・・だから、えーと」
自分で口にしている言葉の内容に自分で困惑したのか、剣心は自由にできる左手でぱしりと顔を覆って「あー、だから・・・・・・」と唸りだした。それもま
た口八丁の彼にしては珍しいことで、そんな様子を見ていると薫はなんだか可笑しくなってきた。
「・・・・・・薫殿?」
うつむいてくすくす笑い出した薫に、今度は剣心が不安そうな顔になる。
「・・・・・・うん、安心した」
笑いながらのその言葉に、自分のほうこそ安心したように、剣心はほっと肩を落とす。
力いっぱい誤魔化しぬこうとする必死さが、なんというか新鮮で、かわいかった。
だから、つい話をあわせてしまったけれど―――でも。
お増の殊更にひそめた声色が耳の奥によみがえり、薫は熱くなった頬を両のてのひらでぱっと隠した。
2 へ続く。