6 決意のかたち







        頭がいたい、重い、ぐらぐらする。
        胸のあたりがむかむかする、なんだかずきずき胃も痛い。ついでに今日はとても暑い。



        「さ、最悪かも・・・・・・」



        昼過ぎだというのに、敷きっぱなしにしたままの布団の上で、操は枕を抱えてうーんと唸った。
        昨夜さんざん自棄酒をあおった結果、本日はものの見事に二日酔いである。

        「せ、せっかくちょっと気が晴れたっていうのに、もう・・・・・・」
        肘で這うようにして布団の上を移動し、畳に置かれた盆から湯呑を取る。
        剣心が淹れてくれた冷たい柿の葉茶を喉に流し込むと、束の間胸のむかつきが遠のいた。
        これでも、朝目覚めたときに比べたら幾分ましになっている。情けないが、今日一日は大人しく過ごしてやりすごそう―――
        そんなことを考えていたら、遠慮がちに襖が僅かに開き、隙間からちらりと薫が顔を覗かせた。


        「操ちゃん、起きてる?」
        「あー・・・・・・ごめんね薫さん、こんなんだけど、起きてるよー」
        湯呑を戻しながら、操は薫にむかってひらひらと手をふってみせる。薫はもう少し襖を開けて、するりと部屋の中に滑り込んだ。
        「気分は・・・・・・まだ、よくないわよねぇ」
        「んー、でも吐き気はおさまったしー、朝よりはだいぶ平気」
        「そうね、顔色もずいぶんよくなったみたい、だけど・・・・・・」
        操は、珍しく歯切れの悪い薫の口調に気づき、首を伸ばすようにして下から彼女の顔を見た。

        「なぁに? なんかあったの?」
        「・・・・・・実は、今お客様がいらっしゃってて。浦村署長さんなんだけど」
        「署長って、警察の?」


        昨日、久々に会った署長の顔を思い浮かべる。
        彼は何かと剣心のことを買っており、たびたび力を借りに来ると聞いているが―――では、何か事件が起きたということだろうか。
        しかし、薫はふるふると首をふって「違うの、剣心に用があってじゃないのよ」と、操の想像を打ち消した。


        「用があるのは、操ちゃんになんですって」
        「へ?」
        「署長さん、操ちゃんに会いにいらしたのよ」










        「・・・・・・どうしよう、まさかアレがばれたのかな」
        「あれって?」
        「こっちに来る前に、追い剥ぎから剥ぎ取ってやった財布」
        「まさか!それはないでしょう? 管轄だって違うでしょうし」
        「でも、悪事千里を走るっていうし・・・・・・」
        「あらー、そのお金を宿代にしようとしたのはどこの誰ー? ちなみに、一切手はつけてませんからねー」
        おどけてそう言う薫に、操は首を縮めて小さくなるしかなかった。


        追い剥ぎからとはいえ非合法に財布を奪い取ったことを、一応後ろ暗く思っていたらしい操は、署長の「指名」に泡を食い、汗まみれの寝間着を脱ぎ捨て
        身支度を始めた。二日酔いも一気にふっとんだ様子で三つ編みを直す操を眺めながら、薫は「まぁ、追い剥ぎのことは関係ないと思うけど」とフォローを入
        れる。

        「操ちゃんが襲った相手も、叩けば埃が出るような人たちなんでしょ? そんな人がわざわざ警察に通報なんかしないわよ、自分の手が後ろにまわっちゃう
        もの」
        「あっ、やだな襲ったなんて人聞きの悪い。襲ったんじゃなくて襲い返してやったんだもん。でも、じゃあ何であたしに会いに来たんだろ?」
        「そうねぇ、昨日の活躍に感謝して、って感じでもなかったのよねぇ」



        薫も首を傾げたが、署長の来訪はその「昨日の活躍」にも少なからず、関係があった。








        ★








        「ご存知かと思いますが、私どもは厄介な事件などが起きた際には、たびたび緋村さんに御協力を仰いでいまして・・・・・・言ってみれば相談役というか非
        常勤として頼りにしている訳なのですが」
        「・・・・・・緋村ってそんな肩書き持ってたの?」
        「いえ、確かにたびたびそういう事はしているけど、わたしは初耳なんだけど」
        「いや、拙者も初めて聞いたでござるが」
        「しかし今回は緋村さんではなく、巻町さんにお願いがあって伺ったのです」

        剣心たちの「聞いてない」をあっさり流し、署長は真剣な顔で操に向き直った。
        「・・・・・・あたしに?」
        とりあえず、追い剥ぎの件とは関係なさそうなことに安堵しつつ、操は居住まいを正した。


        「順を追ってご説明いたしますと・・・・・・少し前から、ある『変質者』に手を焼いているのです」




        その「変質者」の男は、特定の女性に焦点を当て、度を超した「つきまとい行為」を繰り返していた。
        自宅の前で待ち伏せをしたり、毎日のように文を送りつけたり、夜道で後をつけたり―――


        「文の内容ひとつとっても普通ではないのです。その娘さんが昨日何処で何をしていたかが事細かに書かれていたりしまして―――つまりは、覗きの報
        告書のようなものですな」
        「なにそれ、気持ち悪い・・・・・・」
        ごく健康的な精神の持ち主である操は、嫌悪感をあらわにした。先程まで感じていた二日酔いの不快さが戻ってきたような気がして、胸のあたりを撫でさ
        する。

        「勿論、その娘さんも同様に感じていまして、完全に男が一方的に好意を寄せている状態です。果たしてこれを好意と呼んでよいのかわかりませんが」
        「その男の身元は割れているのでござるか?」
        「ええ、それが維新後相場でひとはた当てた商人の息子でして・・・・・・困ったことに、両親がとにかく息子に甘いのですよ」

        つきまとわれている娘とその家族は、何とかできないものかと警察に相談をした。で、警官が相手の家に苦情が出ている旨を申し伝えると、えらい剣幕で
        反発された。
        いわく、息子は何も人様に迷惑をかけてはいない。ただ恋文を送っただけで何故罪に問われなくてはならないのか。純粋な恋心をそのような形で踏みに
        じるなんて、あまりに息子が哀れではないか―――云々。
        「確かに、手紙を送ったり待ち伏せをしたりという事は、犯罪とは言えないでござろうな」
        「そうなんです。しかし、犯罪になるのも時間の問題かもしれません」


        娘が警察に相談をしたことは、男を悪い方向に刺激してしまったらしい。それ以降、手紙や待ち伏せとともに「嫌がらせ」までもが加わってしまった。
        娘の家の前に犬や猫の死骸が捨てられていたり、塀の向こうから石が投げ込まれたり―――という、悪質な嫌がらせが。

        「何それっ?! 時間の問題じゃなくて、もう完全に犯罪になってるじゃん!」
        あまりの陰湿さに操は怒りに眉を吊り上げたが、署長は無念そうに首を横に振った。
        「そのとおりです。しかし、残念ながら証拠がないため逮捕が出来なくて・・・・・・それをいいことに、ここ数日は更に図に乗ってきているのです」


        数日前の夕刻、娘がひとりで道を歩いていると、音もなく忍び寄った男に、後ろから腕を掴まれた。
        驚きと恐怖に硬直した娘はそのまま脇の小道に引っ張りこまれそうになったが、たまたまそこに、夕涼みに繰り出そうとしていた青年たちの一団が通りが
        かった。彼らに見咎められた男は、娘を放り出すと脱兎のごとくその場から逃げ去った。青年たちの目撃によると、男は夏だというのに、すっぽりと頭巾を
        被り顔を隠していたらしい。

        「とうとう、その娘さん本人に、手を出そうとしてきたんですね」
        薫は寒くもないのにぶるりと身を震わせて、自分で自分の肩を抱いた。未遂で終わったとしても、その娘にとってはとんでもない恐怖の瞬間だったことだろ
        う。署長は「こんな時に気分の悪い話を持ち込んでしまい申し訳ありません」と身重の薫を気遣いつつ、「ですが、本題はここからなのです」と、改めて操の
        顔を見た。



        「お願いとは、巻町さんに、その娘さんの身代わりをしていただきたいのです」
        「身代わり?」
        「はい、昨日朝顔市でお会いしたときに気づいたのですが、巻町さんは被害に遭っている娘さんと、背格好が大変よく似ているのですよ」

        そういえば昨日の騒ぎの際、署長は操を見ながら何かを考えていたふうだった。あれはそういう事だったのかと、薫と操は納得した。
        しかし、身代わりということは、つまり―――



        「あたしが、囮になる、ってこと?」
        操の質問に、署長は真剣な面持ちで頷いた。



        操がその娘になりすまし、つきまとっている男をおびき寄せる。
        先日同様に、男が手を出してきた瞬間を狙い、あらかじめ待機していた警察官が男を取り押さえる。
        この方法なら、確実に―――「現場」を押さえられるというわけだ。


        「若い女性に頼む事ではないと、無理は承知の上でお願いにあがりました。勿論、我々警察の人間も万全の態勢をもって警備にあたりますので・・・・・・」
        どうか御協力をお願いします、と署長は頭を下げる。そんな、あくまで恐縮している署長にむかって、操はどんと胸をひとつ叩いてみせた。
        「わかったっ! あたしに任せといてっ!」
        高らかに宣言する操に、署長はがばりと顔を上げる。

        「そんな卑劣な手を使おうとする奴は女の子の敵だもんっ、捕まえてとっちめてやらなきゃ!」
        「まぁ、操殿なら囮役にとどまらず、犯人を返り討ちもできるでござろうな。署長殿もそのあたりを見込んで、操殿に頼みに参ったのでござろう?」
        「お恥ずかしいことですが、ご指摘のとおりです」
        広い東京のことである、被害者の娘と背格好の似ている少女など、探せばいくらでも見つかるだろう。しかし、囮捜査という危険な事に協力を頼めるような
        娘となれば話は別である。
        その点操なら、似ているだけではなく、その気になれば男性相手に戦えるだけの技量を持っている。身代わりにはうってつけの人材だろう。


        「一瞬でしたが、私も昨日の巻町さんの立ち回りを目にしました。実に見事な戦いぶりで・・・・・・ご婦人を危険な事に巻き込むのは心苦しいのですが、巻
        町さんなら問題なく役目を果たせるのではと思いまして・・・・・・」
        「やだなーそんなに縮こまることないってー!むしろ光栄なくらいだよっ。それってつまり、あたしの腕を買ってくれたって事なんでしょ? 大丈夫、あたしは
        そこらの女の子とは鍛え方が違うんだから!」

        持ち前の正義感を刺激されたのだろう、むん、と胸をはった操は今すぐにでも「変質者」を捕まえに飛び出さんばかりの気合だった。しかし、いくら操が「戦
        える」からといっても心配なのだろう、傍らで話を聞いていた薫の不安そうな表情に気づいた剣心は、安心させるように「拙者も立ち会うから」と言って妻の
        肩に手を置いた。


        「ありがとうございます、緋村さんにも協力していただけるなら心強いですよ」
        「ところで署長殿、先程言っていた相談役だか非常勤だかというのは」
        「それでは、何卒よろしくお願いいたします」
        深々と頭を下げられ、剣心はそれ以上の追及を阻まれた。








        ★







        操が身代わりになっての「囮作戦」は、明日の夜に決行されることになった。



        その日は、つけ狙われている娘の習い事がある。日が落ちる頃、彼女の着物を身につけた操が習い事の師匠宅を出発し、娘がいつも通る道を歩く。
        上手くすれば、例の男が現れるかもしれない。操を娘と勘違いし、接触してくるだろう。そこを押さえることができれば―――



        「・・・・・・でも接触って言っても、つまりは操ちゃんをどうこうしようとしてくる、って事でしょう? 危ないなぁ」
        背中で聞く薫の声音は気遣わしげで、振り向かなくても彼女が難しい顔をしているのがわかった。操は後ろに立つ薫を安心させるように、殊更に能天気な
        声で「大丈夫だいじょーぶ」と繰り返す。

        「警察のひとたちもばっちり警護してくれるってゆーし、緋村だって居てくれるんでしょ? だったら何も心配することなんてないよ」
        「確かに、剣心がいる限り間違いは起きないと思うけど」
        「あ、薫さんさりげなく夫自慢」
        「そうじゃなくて! なんて言うのか・・・・・・今回のは今までの『敵』とは違う感じがして、なんだか胸騒ぎがするのよ」
        上手く言えないけれどね、と言いながら、薫は操の細い三つ編みをほどいた。
        きつく編み込んだ髪を下の方からゆっくり解きほぐすと、緩やかに波打つ黒髪がふわりと広がり、操の小さな背中が包みこまれるように隠れた。

        「操ちゃん、髪きれいねぇ」
        「そうかな? 伸ばしっぱなしでいつも結んだきりだから、あんまり意識したことないんだけど」
        操はえへへと照れくさそうに笑う。薫は櫛をとって丁寧に長い髪を梳きはじめた。
        「緋村の髪って、薫さんが切ったの?」
        「そうよー、先月ね。いきなり『切ろうかな』なんて言い出すんだもん、びっくりしたわ」
        この度はもっとびっくりしたけどね、と付け加える薫に、操は悪戯っぽく肩をすくめた。
        「それって、やっぱお父さんになるのと関係あるのかな」
        「・・・・・・そうね、そうかもしれない」


        薫は、剣心の髪を切ったときのことを思い出す。
        長かった髪を、ばっさり切って肩の上までの短髪にして。
        垂らしていた髪がなくなったぶん、彼の背中が広く大きくなったように見えて。なんだか今まで以上に剣心が頼もしく感じられた。


        「なんとなく心機一転、とは言っていたけど、剣心なりの、お父さんになる準備なのかもしれないわね」
        「心構えってやつ?」
        「んー、きっと無意識のうちになんだろうけど」
        会話をしながら、薫は柘植の櫛をするすると操の髪に滑らせる。三つ編みで癖づけられたゆるいウェーブが、櫛を通す度ごとにだんだんと真っ直ぐになって
        ゆく。
        「・・・・・・薫さん、緋村に謝っておいてくれないかなぁ」
        「謝る? 何を?」
        「髪型のこと。あたし、最初に見たとき『変』って言っちゃったんだよね」
        「・・・・・・切ったのは、わたしなんだけど」
        「あー、だから違うの! そうじゃなくて・・・・・・ほんとは似合うって思ったんだよ!」


        そう、髪が短くなった剣心を見たとき、操は本当は、「悪くないな」と思ったのだ。
        しかし、同時に面食らってもいた。
        ほぼ一年ぶりに会った見知った顔。なのに、髪型はまるで別人のように思い切り短くなっていて―――


        「なんてゆーんだろ・・・・・・きっとここに来たら、いつもどおりの緋村と薫さんが出迎えてくれると思ってたんだよね。なのに緋村ってば、いきなり見た目が変
        わってたもんだから、なんかびっくりしちゃって・・・・・・それで、つい」
        口から飛び出た感想が、「変」だったというわけだ。薫はあらあらと笑って、子供にそうするように操の頭を撫でた。
        「じゃ、わたしのお腹も変だと思った?」
        「それはないよ、だっておめでたの知らせは手紙で貰ってたし・・・・・・でも、手紙だけじゃあんまり実感なかったから、実際に見て、やっぱりびっくりはした
        し、改めて凄いなーとは思ったけど」

        操はくるりと振り向いた。身体を傾けて、膝立ちの姿勢の薫のお腹に、そっと顔を寄せる。
        「凄いよね。ここに、赤ちゃんがいるなんて」
        薫は櫛を置いて、ふわりと操の頭を抱いた。優しい感触と香りが心地よくて、操は目を閉じる。頬をすりよせながら、「緋村が見たら嫉妬しちゃうかもな」と
        思う。


        「ねぇ、操ちゃんは、蒼紫さんから逃げてきたって言ってたわよね」
        「・・・・・・うん」
        「わたしね、それって、凄い事だと思うんだけど」
        「え? どうして? そんなの全然凄くないよ」

        二年前は、蒼紫を探すために東京へ行こうとしていた。あの時はとにかく彼に会いたくてたまらなくて、その一心で行動を起こしていた。
        けれど今回はまったく逆なのだ。蒼紫様から離れたい一心で、あたしはこんな遠くまで来てしまったというのに―――

        「探して追いかけるために東京まで来るのも、逃げて離れるために来るのも、移動距離は同じでしょ?」
        「え、ちょ、待って薫さん。これって距離の問題なの?」
        「ざっくり言うと、距離の問題よ」
        暴論ともとれる薫の発言に操は目を白黒させたが、薫はおかまいなしに、むしろ自信たっぷりに続けた。


        「生半可な気持ちで、東京まで追いかけてくることなんて、出来ないわよね? それと同じで、生半可な気持ちでこんなところまで逃げてくることだって、出
        来ないわよ。家出するにしてもただ蒼紫さんの傍にいたくないだけなら、ちょっと葵屋から離れればいいだけの話なんだし」


        それは―――確かにそうだ。
        京都にだって、操の友人知人の家はいくらでもある。「蒼紫の顔が見たくない」という理由で家出するのだったら、少し離れたしるべの家に転がりこんだっ
        て、それで充分事は足りたのだ。でも、操はそうはしなかった。



        とにかく、辛かった。
        辛くて苦しくて、できるだけ遠くに逃げ出したかった。
        とにかく遠くへ、蒼紫のいない別の場所へ。そうでもしないと、この苦しさに押しつぶされて壊れてしまうと思ったから。

        そして、がむしゃらに走って走って走り続けて、辿り着いたのは東京だった。
        こんなにも苦しくて辛いその理由は―――わかっている、彼のことが好きで好きで、大好きだからだ。



        操は、頭を起こして薫の顔を見上げる。
        リボンをつけていない薫の微笑みは、以前よりもどこか落ち着いて見えて、包みこむような雰囲気を醸し出していた。

        「操ちゃんをそんなふうに突き動かしたのは、好きって気持ちだわ。その気持ちひとつで、こんな思い切った行動ができるのって、凄いことじゃない?」
        「二年前の薫さんが、緋村に会いたい気持ちひとつで、京都まで来たみたいに?」
        「そう、おんなじね」


        追いかけるのと、逃げるのと。それはまるきり反対の行動だけれど、身体を突き動かした想いの根本はまったく同じ。
        ただ、「あのひとが大好き」という、単純な想いだ。
        薫は首を倒して、こつん、と操の額に自分のそれをぶつけた。ふたり、額をくっつけあってくすくすと笑う。

        「操ちゃん、今回こうやって東京まで来たのは正解だったわね。どれだけ蒼紫さんのことが好きか、自分でも再確認できたんじゃない?」
        「確かにそうかも・・・・・・正直に言うと、顔を見るのも辛くて逃げてきたのに、今はもう会いたくて仕方がないくらい」



        あのひとがいない場所まで逃げてきて、一旦心は落ち着いた。
        そうして、改めて彼のいない場所で自分の気持ちに向き合ってみて、判ったのは結局変わらず彼のことが大好きだということ。




        ―――でも。




        「じゃあ、あたしも心機一転するから、ばっさりいっちゃって」
        「・・・・・・ほんとにいいの? 署長さんだって、そこまでしなくても大丈夫って言ってたのに」

        署長の話によると、身代わりをする娘は操よりずっと髪が短いという。それを聞いた操は少し考えたのち、「じゃあ、あたしも同じ髪型にする」と言って薫に
        「切ってもらえるかな?」と頼んだのだった。
        薫は、剣心に同じことを言われた時よりはるかに驚いた。だって、男と女では髪の長さに対する思い入れが全く違うだろうに―――


        「いいの! 身代わりには万全で臨みたいし。それに緋村と同じでさ、あたしも心構えってやつだよ」
        「心構え?」
        「そう」
        頷いた操の瞳には、強い決意の光が宿っていた。




        「あたしも、変わるんだ。だから―――これは、その心構え」













        7 「囮作戦」へ 続く