冬の空気が澄みわたっているのは、空から落ちてくる雪の輪郭をくっきりと見せるため。
そして、君の白い肌をより綺麗に見せるためなんだろう。
凍てついた風を受けて、白い頬にほんのりあかく血がのぼった様などは、本当にきれいだ。
そんなところも含めて、冬というのはいい季節だなぁ、と。
今は、ごく自然にそう思えるようになった。
冬の言い訳
「あ・・・・・・」
軽く頤をもちあげて、君は空を見た。
その鼻先を雪のひとひらがかすめて、君は目を細める。
「降ってきたわね」
「そうでござるな」
あともう少しで道場、というところで降りだした雪は、ちらちら舞い落ちる程度かと思いきやみるみるうちに密度を濃くし、道の先を白く霞ませた。
「うわ、すごーい」
あっという間に様変わりした風景に、君は驚いたように白い息を吐く。髪のリボンに雪が降りて、藍色の地に白い水玉模様を描く。
「寒いわねぇ」
頬に落ちる雪を払いのけながら、でもそう言う君の声はどこか楽しげだ。「寒いでござるなぁ」と答えながら、俺は君の手をするりと捕まえる。
「・・・・・・剣心?」
「寒いのでござろう?」
だから、互いにあたためあう為に手を握りあう。身を寄せあって、繋いだ手を袖に隠すようにして、そうやって冷たい風が当たらないようにして。
「寒いなら、あたたかくしないと」
わざと、真面目くさってそう言うと、君はまばたきをくりかえして、そして笑った。
寒さの所為で赤くなった頬がふわっとほころぶのを、きれいだなぁ、と思う。
「そうね、こうしないと寒くて凍えちゃうものね」
「そのとおりでござるよ」
寒いから仕方ない、と。
そんな言い訳ができるのも、冬ならではだ。
★
「今日は寒いから、一本つけようか」
寒いときは内側からあたたまるのが一番、と。
冬はきっと誰もがそうやって笑顔で言い訳をして、熱めの燗酒を楽しんでいるに違いない。今夜の俺達のように。
酒は熱燗にして、ふたりで湯豆腐をつつく。野菜が少なくなる季節だが、秋に漬けた白菜はまだまだ美味しく食べられる。
ふるふるの湯豆腐と、さくさくの白菜と、「美味しいわね」と熱燗に目を細める君と。ああ、贅沢な夕餉だなぁと思いながら、杯を重ねる。
「ねぇ」
「うん?」
「もうちょっとだけ、飲みたいな」
君の大きな瞳は少しとろんとしていて、心地よくほろ酔いになっているようだ。
「拙者も、そう思っていた」
「いいわよね、今日は寒いんだし」
示しあわせたように言い訳をして笑って、追加でもう一本お銚子を温める。
自分は酒に強い方だと思うし、そうそう酩酊することもない。
けれど、君と差しつ差されつ飲む酒は、心地よく俺を酔わせてくれる。
いや、それはつまり―――酒より君に酔っているということなんだろうか。
ほどよく熱くなった酒を君から注がれながら、そんなことを考えた。
★
夜が更ける。雪はまだ、しんしんと降り続く。
熱燗であたたまった身体が冷え切らないうちに、と。ふたりで早めに布団に潜りこむ。
けれどそのまま目を閉じておやすみなさいという気分にはなれない。だって今日は寒いのだから。
ちゅっ、と。頬に口づけると、君はくすくすと忍び笑いを漏らした。その声を飲み込むように、覆い被さって唇をふさぐ。
手探りで、君の寝間着のしごきをほどく。すがりついてきた君に、くすぐるように髪をかき乱される。
抱き合ってじゃれあっているうちに、自然に袷はゆるんではだけて、素肌があらわになる。
すこし、身体を起こして、敷布の上の君を見下ろす。
ああ、雪のように白いなぁとうっとり見惚れていると、君は困ったような顔をして、細い腕で身体を隠そうとする。
「どうして隠すの?」
「恥ずかしいもの・・・・・・」
「隠すなんて勿体無いでござるよ」
「そういうこと、真面目な顔で言わないで」
だって本心だから仕方ないよ―――と返す前に、下から腕が伸びてきた。ぎゅっと首に抱きつかれて、引き寄せられる。
「・・・・・・薫?」
「寒いんだもの」
ああ、それはいい言い訳だなぁ、と思う。
こうして、ぎゅうっとくっついていないと寒いから。それも君の本心だろうけれど、こうしてくっついて距離が零になってしまえば、俺が無遠慮な視線を注ぐこ
ともできなくなるわけだし。
まあ、でも、眺めているだけより、抱き合って愛し合うほうが嬉しいのでなんの問題もないが。
触れて、撫でて、口づけて、歯を立てて噛みついて。いとおしさのすべてを、指で唇で舌で、身体ごと使って君へと伝える。
濡れた唇が震えて、切れ切れに漏れる声がどんどん甘くなっていって。身体を重ねて君のなかに押し入ったら、声はいよいよ泣き声になった。
ああ、あたたかいな。
君とこうしているとあたたかい。きっと体温だけじゃなくて心にも、ちゃんと温度というものがあるんだろう。君と愛し合うひととき、身体と一緒に、心までもが
あたたかく、熱く溶けてしまうようで。ああこうやって心も身体もひとつになるんだな、と実感する。
でも、今日はもっとしっかり繋がりたい。もっともっとふたりひとつにとろけてしまいたい。
だって今日は、こんなに寒いんだから。
「・・・・・・もっと、ぎゅっとできる?」
「こ・・・・・・う?」
既に君は、俺の背中にしっかりと腕をまわして抱きついている。俺に応えて、君は懸命にしがみつく力を強くしたけれど、でもそれだけでは足りなくて。
「こっちで・・・・・・できる?」
白い腿を撫でると、君は驚いたように目を大きくして―――幾許か躊躇う時間を経て、おずおずと、その脚を持ち上げた。
君の脚が、ぎこちなく腰に絡みつく。「そのまま、ぎゅっとして」と囁くと、君は必死に応えようとして、脚に力を入れる。ぐっと腰が引き寄せられて、ふたり、
更に深いところで繋がりあう。
いちばん奥を責められて、君はうつくしく乱れる。
苦しげに喘ぎながらも、身体ぜんぶでぎゅっとしてくれている君がいとおしくて、そして気持ちよくて―――
ああ、今俺たちは、心も身体もひとつに溶けあっている。
繰り返し求めて抱いてたっぷり君を味わった後は、涙に目を赤くした君に怒られた。
「早く寝るんじゃなかったの?」
「だって、寒かったから」
「寒かったから、早く布団に入ったんでしょう」
明日起きられなかったらどうするの、と。拗ねた声で背中を向けられてしまった。この度は―――「寒さの所為」という言い訳はきかないようだ。
同じ布団に入っていながら、顔が見られないのは寂しすぎる。和解に持ち込むべく、俺は君の背中に寄り添った。
「・・・・・・ごめん」
返事はない。けれど構わずに、謝罪を続ける。
「ごめん、その・・・・・・無理させて、すまなかった。つい、止まらなくなって・・・・・・」
やはり、返事はない。けれど諦めずに首をもたげて、君の耳に唇をくっつけた。
言い訳が通用しないなら、それならば―――
「・・・・・・好き」
びく、と。裸の背中が震えた。その隙を逃さず、肩を掴んで身体を返してこちらを向かせた。
「なっ・・・・・・?!」
小さく囁いたひとことは、君にとっては予想外のものだったのだろう。顔を赤くして目を大きく見開く様子をかわいいなぁと思いつつ、「弁解」を続ける。
「だから、止められないんでござるよ」
言葉では追いつかないくらいに、あとからあとから溢れる「好き」を伝えたいから、君と愛し合うわけで。そして君と愛し合ってひとつに溶けあうのはこの上
なく気持ちいいひとときなわけで。
こんなにも気持ちいいのは、身体だけではなく心も悦んでいるからに違いなくて。それはつまり君のことが大好きだからで、しかし気持ちいいゆえに歯止め
がきかなくなってしまうわけで―――
くどくどとそのような内容で弁解をしたが、途中で君に「わ、わかったからわかったから剣心!」と遮られた。遮られただけではなく、いっそう真っ赤になった
君から「ありがとう・・・・・・」と言われたということは、無事、和解できたようだ。
寒さの言い訳が通用しなかったから、気持ちを正直に言葉にして、口にした。
やはり、言い訳よりも素直な言葉のほうが届くのだなと思いながら、君の額に仲直りの接吻をした。
静かな夜。雨戸の向こうでは、今も雪が降っているのだろうか。
風邪をひかないように、と。ちゃんと寝間着を着なおして、改めてふたりで横になる。
そうしているのが一番自然というふうに、ぴたりと身体をくっつけあって、おやすみなさいと目を閉じる。
外は寒いけれど、こうして眠るとあたたかい。
こうやって互いの体温をより鮮明に感じられるから、冬というのはいい季節だなぁ、と。またもごく自然に、そう思う。
夢の中でも会えることを願い、眠りに落ちる。
君の寝息を子守唄に、ひそやかな雪の気配を感じながら。
了。
2017.01.14
モドル。