触れる許可











        「触っても、いいでござるか?」




        不意の問いかけに、君は驚いたように目を大きくする。
        そして、すぐに目を閉じて「いいよ」と言った。

        指先で、小さくつつくように、頬に触れる。
        やわらかい感触が、きもちいい。手のひらで包み込むように撫でると、君の唇が微笑みにほころんだ。


        人差し指で、睫毛をくすぐって、そっと顔を近づける。
        「口づけても、いいでござるか?」
        ささやくように尋ねると、君は目を閉じたまま、「どうぞ」と答える。

        唇が重なる手前で、「いちいち、尋ねなくていいのに・・・・・・」と、笑いを含んだ声で君が言った。
        その語尾を飲み込むように、口づける。



        なんとも幸運なことに、俺はこんなふうに触れることを君に許された身で。
        そのことを、当然自分でも承知しているのだけれど。

        それでも、わざわざ尋ねて許可を求めてしまうのは、君から「いいよ」と言ってもらいたいから。君の「どうぞ」を聞きたいから。
        恥じらいながら、でも嬉しそうに、許しの言葉を紡ぐ君を見るのが好きだから。


        声に出して言葉にして、君が許しをくれることで、この幸せを再確認できるからで―――



        「・・・・・・剣、心?きゃ・・・・・・!」



        体重をかけられて、君は身体の均衡を崩す。頭をぶつけないよう庇いながら、細い身体を畳の上に押しつけた。
        「や・・・・・・っ!」
        拒絶の言葉が発せられる前に、口づけを深くする。
        着物越しに触れ合う体温も心地よい。けれど、それでは物足りなくて、俺しか知らない熱さを感じたくて、君の帯締めに指をかけた。









        ★









        「剣心の、ばか・・・・・・」



        掠れた声で、君が言う。うつぶせになっているから、表情がよく見えない。
        「いちいち尋ねることはないと言ったのは、薫殿でござろう?」
        おどけた声で正当性を主張したら、「屁理屈こねないでよ・・・・・・」と叱られた。とはいえ、まだ声にも身体にも力は入らないようで、か細い声は、なんという
        か扇情的だ。
        指を伸ばして、中途半端にほどけたリボンの結び目を解いてやる。乱れた髪を撫でると、君は気持ちよさそうにため息をこぼした。

        「これには、許可が必要でござったか?」
        「必要です」
        「そうでござるか」
        髪を撫でつけて、そのまま指を下におろす。白い首筋を辿って、うっすら汗ばんだ背中をつぅ、となぞると、君の肩がぴくりと震えた。


        「薫殿」
        「なぁに?」
        「もう少し、いいでござるか?」


        すぐに、答えは返ってこなかった。だからそのまま指を下へ下へと移動させる。
        「や、けんしん・・・・・・」
        表情は見えない。でも、声の響きは涙声に近かった。いちばん柔らかいところまで指を下ろして、ゆっくりと君のなかにうずめると、君はぶんぶんと首を横
        に振った。

        「・・・・・・どっちでござるか?」
        今の動作は拒絶を示すものであろうが―――それでも、この場合はそうとも限らない。
        そのまま、君の背中に覆い被さり、耳元で「ねぇ」と促す。



        「・・・・・・いいよ・・・・・・」



        聞きたかった、許しの声。
        耳朶に口づけて「かたじけない」と言ったら、「ばか・・・・・・」と小声で返された。

        なんとも幸せなことに、俺はこんなふうに君と愛し合うことを許された身で―――
        俺を愛してくれる、愛することを許してくれた君に、限りない感謝を捧げたい。







        ―――まぁ、今日はこの後あらためて君に叱られそうな気もするけれど、そのくらいの事は喜んで受けよう。
        そんなことを考えながら、華奢な背中をぎゅうっと抱きしめた。













        了。






                                                                                         2018.02.23







        モドル。