はじめて、恋をした。


        好きと言った。
        手をつないだ、ぎゅっとした、口づけた。

        こんがりとやきもちを焼いた、さよならを言われて泣いた。
        身体ごと愛して愛された。夫婦に、なった。



        恋にまつわるいろいろなことを、あなたと一緒にしてきたけれど、でも。








    first love letter








        「受け取ってください」
        「・・・・・・何でござるか?これ」
        「手紙」
        「え?」
        「今まで、書いたことってなかったから」


        恋にまつわるいろいろなことを、あなたと一緒にしてきたけれど、でも。



        「・・・・・・恋文って、渡したこと、なかったから・・・・・・」



        「したことがないことがある」ということが、なんだかもったいないように思えたから。
        それなら一度やってみようと思い立ち、書いてみた。
        うまれてはじめて―――恋文というものを書いてみた。


        なんとなく、かしこまってしまい、両手できちんと持った手紙をあなたに差し出す。
        受け取るあなたの指が目に入る。ただ手紙を渡すだけだというのに、緊張してしまって顔を上げられない。だからあなたの表情はわからない、けれど。

        「・・・・・・ありがとうでござる」
        視線をあげる。あなたは、照れくさそうに、くすぐったそうに微笑んでいた。
        嬉しそうな色が滲む声音に、ああよかった喜んでくれたと、ほっとする。
        こんなこと今更だろうって、笑われちゃうんじゃないかって、結構心配だったから。


        「読んでいいでござるか?」
        「え、やっ・・・・・・ちょっと待って!」
        手のひらを広げて、びしっと腕を突き出して防御の姿勢をとる。ついでにじりじりと後ずさる。
        「わたし、自分の部屋に行ってるから・・・・・・読むのはそれからにして」
        「え、どうしてでござる?」
        「だ、だって恥ずかしいじゃない目の前で読まれるのって!じゃあね!」

        言い捨てて身を翻す。同じ家に住んでいるのにじゃあねと言うのもどうかと思うけれど、他にちょうどいい言葉が思いつかなかったので仕方ない。
        逃げこむように部屋に飛びこんで、そのまま襖に背をつけてずるずるぺたんと座りこむ。



        ・・・・・・なんだろう、すごく、恥ずかしかった。
        ううん、恥ずかしいというか・・・・・・がんばった?

        ああ、そうだ。この感じ、あの時に似ているんだわ。
        まだ、夫婦になる前の。夕暮れの帰り道、あなたに「一緒にずっといたい」と告白したときの、あの感じに。


        心臓がうるさいくらいばくばく言うのを感じながら、なけなしの勇気をふるった。
        まるで―――あの時みたいだわ。



        恋文を、書いたことがなかったから。
        それだけの理由で、軽い気持ちの思いつきで、じゃあ書いてみようかしらと筆を取ったけれど。
        いざ渡すとなると、緊張した。あの時みたいに心臓がばくばく騒いでいた。
        どうしてかしら、あなたにはもう何度も「好き」と言葉にして伝えてきたのに。なのに、手紙を渡すくらいで今更こんなにどきどきするなんて―――

        と、近づいてくる足音が聞こえた。
        それはこの部屋の前で止まって、かすかな衣擦れの音とともに、剣心が腰を下ろす気配がした。
        とすん、と。わたしの背中にあなたの背中が当たる感触。正確に言うと、閉まった襖越しの感触、だけれど。


        「薫殿」
        「・・・・・・なぁに?」
        「ここで読んでもいいでござるか?これなら、目の前ではないでござろう」
        「・・・・・・ん、そうね」
        確かに、襖を挟んでの背中合わせなら、すぐそばにいても互いの顔は見えないから。

        かさり、と。手紙を開く気配。
        目を閉じて、ほんのり熱くなった頬を冷やすように、てのひらを当てる。



        ふとした思いつきだったけれど、真剣に、手紙を書いた。
        あなたのことが、とても好きだということを。その想いは今もぐんぐん育っていることを書いた。
        一緒にいてくれることへの感謝を。日常のいろんなことへのありがとうを書いた。

        文字を綴っているうちに、伝えたいことがどんどん溢れてきて、どこで筆を止めるべきか困った。
        そうやって、想いを文字にしたためているうちに、改めて自分の中にあるあなたへの「好き」という気持ちの大きさを、実感した。
        そして、その気持ちを、あなたに渡して―――


        ああ、そうか。
        恋文って、想いをかたちにしたものなのね。


        目には見えない心のうちを、言葉という触れられないものを。目に見える文字に乗せて、触れられる紙へとしたためる。
        口に出して「好き」と伝えたことはあっても、触れられる形あるものにして、「好き」を手渡ししたことはなかったから―――
        「はじめて」だから、あんなにどきどきしたんだわ。


        背中が、ふっと軽くなる。寄りかかっている襖の向こうで、あなたは姿勢を変えたようだ。
        「読んだでござるよ」
        「・・・・・・うん」
        「開けていいでござるか?」
        落ち着きかけていた鼓動が、どくんと高鳴って再び主張をしはじめた。
        襖から背中を離して、膝をそろえて正座する。

        「・・・・・・どうぞ」
        はじめての恋文に、いったいあなたはどんな反応をするのかしら。
        告白の夕暮れに、一緒にいたいと言った後、あなたの言葉を待ったあの時のように。どきどきしながら、襖の前で待つ。


        そして襖は、思いのほか勢いよく開いて。
        恋文を手にしたあなたの、頬を紅潮させた笑顔が見えた。




        ああ―――よかった。
        恋文は、ちゃんとあなたの心に届いたようだ。




        恋にまつわるいろいろなことを、あなたと一緒にしてきたけれど。
        それでもやっぱり「はじめて」のことは緊張するし、どきどきしてしまうものだから。





        抱きしめられたあなたの腕の中、わたしはようやく安心して、ふわりと頬をほころばせた。














        
―――恋文の日に寄せて。






        了。








                                                                                      2016.05.23






        モドル。