夢を見た。
夢の中でわたしはふわふわの白いうさぎになっていて、水色の小さなお花が咲く原っぱを、とことこ歩いていた。
すると突然一匹の狼が現れて、逃げる間もなく捕まえられた。
大きな舌で舐められて長い耳にがぶりと咬みつかれて、あああわたしこれから食べられちゃうんだわと思ってぎゅっと目を閉じた。
―――と、牙のある口が、わたしの口に押しあてられた。
柔らかく牙を立てられても痛くなかった。優しい口づけは甘くて気持ちよかった。
ああ、食べられるのって悪くないものなのね、と。
そう思ったところで、目が覚めた。
★
背中があったかくて、首筋が熱い。
後ろから剣心に抱きしめられて、首に噛みつかれているという状況を理解するのに、少しばかり時間がかかった。
「・・・・・・やだ」
「うん?」
「寝てるときに、変なことしないで」
「まだ寝ないで」
「我儘言わないで・・・・・・」
うーんと唸って首を横に振ると、身体を反転させられた。
敷布の上に仰向けにされて、彼がのしかかってくる。
「・・・・・・夢を見てたの」
「おろ、どんな夢を?」
「うさぎになって、狼に食べられる夢」
「怖い夢でござるな」と眉をひそめた剣心に、わたしは「怖くなかったわ、気持ちよかったもの」と返す。
「食べられるのが?」
「ええ・・・・・・剣心に食べられてるみたいで、気持ちよかったわ」
こんな言葉を口にしてしまったのは、半分ほど心を夢の中に残しているからかもしれない。つまりはまだ半分ほど頭が寝ているということだけど。
剣心は、驚いたように目を大きくして、それからにっこりと笑った。
口の端に、牙が覗いて見えたような気がするのは、きっと寝ぼけている所為、さっきの夢の所為。
「・・・・・・きっと狼は、腹が減ったからではなくて、うさぎが可愛かったから食べてしまったんだろうな」
「え・・・・・・?」
「うさぎが可愛くて、大好きでいとおしくて、残さず全部自分のものにしてしまいたくて―――だから、食べてしまったんでござろう」
まるで、狼の気持ちを代弁するかのような口ぶり。
ああ・・・・・・そうか。夢に出てきたあの狼。あれは、剣心だったのね。
「・・・・・・剣心」
「うん?」
「わたしのこと、食べたい?」
その言葉を、剣心は待っていたみたいだった。
「食べたくて食べたくて仕方がないよ」と言われたので、「どうぞ」と言って目を閉じた。さっきの夢と、同じように。
甘くて気持ちいい、優しい口づけを受けながら、うさぎの気持ちになってみる。
―――もしかして、うさぎも狼のことが大好きだったんじゃないかしら。
好きで好きで、残さず全部捧げてしまいたいくらい大好きで、だから狼に食べられたかったんじゃないかしら。
口づけが、下へ下へと降りてくる。熱くて、気持ちよくて、歯を立てられるのがちょっと痛くてでもそれが嬉しくて。
「・・・・・・あぁ!」
胸に、噛みつかれて、悲鳴を上げる。
「痛かった?」と、顔を上げて訊いてくる彼に、わたしは首を振ってみせる。
「残さず、食べて・・・・・・」
腕を差しのべて、剣心の頭をかき抱く。
わたしの心もからだも、残さず全部あなたに捧げましょう。
狼に捕まった、うさぎのように。
★
その夜、ふたりで眠りに落ちた後にふたたび、うさぎになった夢を見た。
うさぎになって、狼に抱かれて、二匹一緒に身体をまるめてすやすや眠っている夢だった。
剣心も今、同じ夢を見ているのかしら。
うさぎのわたしはそんなことを考えながら、狼のぬくぬくあたたかい毛並みに顔をうずめた。
了。
2017.03.11
モドル。