6 千鳥荘









        地面、ではなく、畳の感触。




        目を覚ました薫は、まず、頬にそれを感じた。
        腕を動かそうとしたが、出来なかった。後ろ手に、縛られているらしい。足も同様だった。


        「気がつかれましたか?」
        首を動かすと、環の顔が目に入った。彼女も薫と同じく拘束されているようだが、口調はしっかりしている。




        「茜さん・・・・・・じゃなくて、ええと、たまきさん」
        「はい、環です」
        こんな状況ではあるが、久々に本当の名前で呼ばれるのが嬉しいのだろう、環はほんの少しだが頬を緩めた。
        「殴られたところ、大丈夫ですか?」
        「はい。おかげで、というのも癪ですが、全部思い出しましたわ・・・・・・ここは、わたしと良人が滞在するはずだった、旅籠ですわね」

        そう言われて、薫は今自分達がいる場所にようやく目を向けることができた。
        手入れの行き届いた、広い部屋。調度品は趣味のよいもので揃えられ、床の間の近くに大きな西洋鞄が置かれているのが見える。そして―――

        「ま、奥さん達のかわりに、あたしたちが寛がせてもらっていたんだけど・・・・・・それも今日まで、って事だね」
        会話に加わった、聞き覚えのある声。部屋には薫と環のほか、あの断髪の女と大男がいた。


        「あなたたちが、わたしと良人の名前を騙って、ここに泊まっていたのですね」
        環が、ぎっと女を睨みつけて言う。
        この度の事件について警察は、被害者である環たちは旅人であろうと予想をつけていた。なので、東京の宿を中心に泊り客の中に行方不明者は出て
        いないか、または予約が入っているのに到着していない客はいないかを調べていた筈だが―――この男女が環夫婦の名を借りて「なりすまして」いた
        のなら、そこから調べはつかない筈だ。

        「だって、ほら、あんたたち『荷物は先に宿に届けられてる』って言うもんだからさぁ。せっかく身なりが良さそうなあんたたち夫婦を襲ったっていうのに、
        持ち合わせがあんまり少なかったから・・・・・・そうなりゃ、折角だから宿の荷物のほうもいただかないと、割に合わないってもんだろう」
        「盗人猛々しいとは、このことですわね」
        環は小さな声でぼそりと付け加えた。



        あの夜、女と銀蔵は、道端で環たちを襲った。
        金品を奪い、更に宿に届いているという荷物も頂戴しようとして、環夫妻になりすまして千鳥荘に宿泊をした。


        しかし、その荷物―――西洋鞄には、番号式の鍵がかかっていたのだ。


        壊して無理矢理開けようとしたが、鍵も鞄もやたらと頑丈で、結局、かちりかちりと4ケタの番号をひとつずつ回してゆくしか道はなかった。そうして、泥
        棒ふたりは地道に番号を回し続け、ようやく開けることに成功した。が、中に入っていたのは、家族の写真と―――念の入ったことに、更に錠前が取
        り付けられた、小さな金庫だった。

        「そんなわけで奥さん、鍵を渡しちゃくれないかい? あたしたちの用はそれだけなんだ、鍵さえ貰えりゃすぐに解放してあげるからさ」
        「・・・・・・あんな目に遭わせておいて、よくもまぁ、いけしゃあしゃあと言えるものですわね」
        強気な様子で言い返す環の姿に、薫はなんだか可笑しくなった。記憶を失っていた間は、どちらかというと頼りなげでか弱い雰囲気だったが、実は本来
        の環は薫に近い気性の持ち主なのかもしれない。そして、それは強盗たちも承知のようだった。
        「そうだよねぇ、あんたたち夫婦ってば、最初に襲ったときからして強情だったもんねぇ。あんだけ痛めつけても生きのいい目で睨みつけてきてさ。まあ、
        そういう根性は嫌いじゃないが―――」


        おい、というように、女は銀蔵に向かって顎をしゃくった。銀蔵は頷くと、環の肩を掴んで薫のもとから引き離す。
        「環さんっ!」
        「おっと、お嬢ちゃん。奥さんじゃなくて自分の心配をしなよ」
        言うなり女は、薫を畳の上に突き倒して仰向けに転がすと、その身体の上に馬乗りになった。

        「どうしてあたしたちが、お嬢ちゃんも一緒に連れてきたんだと思う? 顔を見られちまったってのもあるけれど・・・・・・ほら、奥さんみたいなひとは自分
        が酷い目に遭うよりも、無関係なひとが痛めつけられるのを見るほうが、堪えるんじゃないかと思ってね」


        女は、懐からするりとナイフを抜き出した。環が、さっと顔色を失う。
        「おやめなさい! 薫さんは関係な・・・・・・っ!」
        叫びかけた口を、銀蔵が塞ぐ。薫は精一杯首を動かして、環の顔を見て言った。
        「大丈夫です環さん! このひとたち、わたしたちのこと殺せやしないわ!」
        女は、ほう、と面白そうに眉を動かして、薫を見下ろした。

        「いやに自信があるじゃないかお嬢ちゃん。なんか根拠でもあって言ってるのかい?」
        「だって、ここは旅籠なんでしょう? ずいぶん静かだから離れかもしれないけれど、それにしたって他に人がいるんだもの。それに、環さんたちになりす
        まして何日も滞在しているなら、あなたたちは宿のひとに顔だって見られてるって事でしょ? じゃあ、ここで何かしたものなら、すぐに足がついちゃいそう
        じゃないの」

        薫の「根拠」に、女は感心したように笑った。そして「確かに。さっき、あんたら二人をこっそり運びこむのも一苦労だったしねぇ」と、肩をすくめる。実際そ
        れは骨の折れる作業だったらしく、銀蔵もうんうんと頷いた。


        実のところ、薫が自信をもってこんな事を言えるのは、先程診療所で「環の良人が目覚めた」という事実も関係していた。
        彼の意識が戻ったならば、きっと剣心にこの宿のことを伝える筈だ。そうしたらきっと―――剣心が助けに来てくれる。
        それを信じて、剣心が来てくれるまでは、自分で頑張らなくては。


        「確かに、そこはお嬢ちゃんの言うとおりさ。でもね」
        女はくすりと笑うと、ナイフをすっと薫の胸に向かって下ろした。環が、口を塞がれながらも制止の叫びを上げようともがく。
        しかし、切っ先は薫を傷つけなかった。かわりに、帯締めが、ぶつりと切られる。
        「・・・・・・痛めつけられるより、もっと耐えられないこともあるだろう? 女には、ね」
        女の手が薫の髪に伸び、リボンがほどかれる。


        「お嬢ちゃん、生娘かい? なら、死んだ方がましな目に遭うかもねぇ」
        その言葉の意味を理解し、薫は目を見開く。大声をあげようとしたが、女はすかさず丸めたリボンを口に押し込み、それを阻んだ。身体を捻って、薫の
        足を掴んだ女は、縄をほどいて着物の裾を膝までめくりあげた。

        「と、いうわけで銀蔵、あとはよろしく」
        「・・・・・・へ?」


        突然指名をされて、銀蔵はきょとんとする。
        「え、あの、姐さんそれって・・・・・・俺にその娘をどうこうしろって事っすか」
        「当たり前だろ? そーゆーのは男の仕事だろ。あたしにそっちの趣味はないし」
        どうやら、女の目論見は銀蔵には伝えられていなかったらしい。明らかに困惑した様子で、銀蔵はまじまじと女の顔を見る。
        「ほら、奥さんはあたしが抑えているから、あんたこっちと代わって・・・・・・ああもうお嬢ちゃん暴れるんじゃないよ」

        銀蔵は、薫も、そして自分が拘束している環の存在すらも忘れてしまったような目で女の事を見ていたが―――
        やがて、何かを決意したような真剣な表情になり、ゆっくりと口を開いた。


        「・・・・・・できないっす」


        きっぱり力強い否定の言葉に、女は目を丸くした。
        「・・・・・・は?」
        どうやら、銀蔵の姉貴分であろう彼女は、今まで彼から自分の命令を断られたことがなかったようだ。知らず知らずのうちに、口から疑問符がこぼれ出
        る。     

        「姐さんの命令でも、それはできないっす」
        「なんだい、あんたこういう娘は好みじゃないのかい?」
        「そういう問題じゃないっす」
        「それなら食わず嫌いしないで見てごらんってー。ほら、なかなか可愛い顔してるしふとももだってぴちぴちだし、胸だってちょっと触ってみた感じ大きい
        みたいだし」
        「だから、そういう問題じゃないって言ってるじゃないっすか!」

        相撲取りのような体格に見合った太く迫力のある声で怒鳴られて、女も、その下で暴れていた薫も口を塞がれたままの環も、一斉にびくっと身をすくま
        せた。
        銀蔵は、思いつめた表情で女に詰め寄る。律儀なのか本当に存在を忘れ去ってしまったのか、腕には環を捕まえたままの状態なので、環も目を白黒さ
        せながら引っぱられるようにしてついて行くしかなかった。

        「姐さんは、俺が目の前で他の女とそういうことをしても平気なんすか?!」
        「ちょ、ちょっと嫌だよ何をそんな真剣に・・・・・・だからこれは、奥さんを脅迫するための一手だろう? 別に最後までやれとは言ってないって。要はその奥
        さんに鍵を譲る気になってもらえるように、ちょっとばかりこの娘に恥ずかしい目を・・・・・・」
        「無理っすー! 姐さんの命令でも、それだけは絶対に無理っす!」
        興奮した銀蔵は、ついに環を放りだした。畳に転がされた環は、呆気にとられた顔で銀蔵を眺める。
        そして銀蔵は、空いた両手でがっしりと、女の肩を掴んだ。



        「姐さん・・・・・・好きっす」
        「・・・・・・はい?」



        まさかの告白に、女は思わず、薫の足から手を離した。
        「俺は昔から姐さんのことを、稼業の先輩として尊敬していたっす。でも、それだけじゃなくて、もうずっと前から俺は姐さんを女性として好きだったんす
        よ! だから・・・・・・」
        「はぁぁぁぁっ?! あ、あんたこんな時に突然何を言ってんだい!? ちょっと落ち着いて・・・・・・」
        「いーえっ! もう無理っす! とても落ち着いてなんかいられないっす!」

        押し倒さんばかりの勢いでぐいぐい迫ってくる銀蔵に、女は辟易して逃げるように後ずさる。当然、薫の上からは退けることになるのだが、女も銀蔵もそ
        の事に気づいていない様子だった。

        「今日という今日は言わせて貰うっす! 俺がどれだけ姐さんのことを想っているのか!」
        「って、あんた今までそんなこと一言も・・・・・・」
        「口にはしなかったけれどずっと好きだったっす! だから今回夫婦になりすまして一緒の部屋に寝泊りするのも、俺にとってはどんなに辛かったことか
        ぁ!」
        「あ、そういや寝不足って言ってたけど、そういう訳で・・・・・・お陰で顔色が悪くてあの医者もまんまとひっかかってくれて、好都合だったけど」
        「姐さんが俺のことを、男として何とも思っていないことは百も承知っす! でもっ、でも俺はっ・・・・・・」


        薫と環はぽかんとしながら銀蔵が「愛の告白」をするのを眺めていたが、ふたりにとってはこれは好機だった。
        ふたりは目で頷きあって、そろそろと廊下に面する襖の方に移動し始める。と、いっても環は両手足を縛られているし、薫も腕の拘束はそのままなの
        で、ふたりとも畳を這うようにして、できるだけ音をたてないように動く。銀蔵はすっかり興奮しており、女はそれを宥めるのに精一杯で、ふたりが逃げ出
        そうとしているのになかなか気づかなかったが―――襖までたどり着いたふたりが、背中に回された手を必死に動かして襖を開けようと挑戦し始めたと
        ころで、女のほうがようやくそれを見咎めた。

        「ちょっと! あんたら何やってんだい!」
        「いや姐さん! まだ話は終わってないっす!」
        「ええい阿呆かあんたはー! あいつらが逃げるだろーがー!」

        その言葉で、ようやく銀蔵は正気に戻る。女は彼を押しのけるようにして畳の上を走り、薫たちに追いすがろうとした。
        薫と環は、手で開けるのを断念して襖に体当たりをする。ふたりぶんの体重を支えきれずに、襖は派手な音を立てて外れた。ふたりは襖に乗り上げるよ
        うにして廊下の側に倒れこみ、捕まえようと伸ばした女の手は空を掴んだ。



        「誰かぁぁぁぁっ! 誰か助けてぇぇぇぇっ!」



        ここぞとばかりに、環は大声を張り上げる。女は慌てて黙らせようとして環に飛びかかろうとしたが、薫がそうはさせなかった。倒れたままで自由な脚を
        大きく動かし、女の足を払う。女が下からの衝撃にたたらを踏んだところで、すかさず薫は両脚を折りたたむようにして反動をつけ、思い切り、女の鳩尾
        をつま先で突いた。

        「姐さん!」
        女が膝をついて、銀蔵はそこに駆け寄る。
        「逃げてっ! 環さんっ!」
        口の中に押し込まれていたリボンを吐き出して、薫も叫んだ。環は這いずりながらどうにかこうにか廊下を移動し、銀蔵たちから少しでも距離を取ろうと
        する。

        ―――大丈夫、この騒ぎは母屋のほうにも聞こえている筈だ。これで助けがくるに違いない。
        そう思ったところで、薫は自分に迫る大きな影を感じて、慌てて身体を反転させる。どす、と、たった今薫の身体があった襖の上に、銀蔵の拳がめりこん
        だ。間一髪でかわした薫は、身を起こして廊下へと逃げ出そうとする。

        「待ちやがれ! よくも姐さんを・・・・・・!」
        銀蔵は突き破った襖から拳を抜いて、薫を追った。大きな身体に似合わぬ素早い動きで銀蔵は床を蹴り、薫にむかって手を伸ばす。
        「きゃ・・・・・・!」
        銀蔵の手が肩にかかり、そのまま引っぱられた所為で尻餅をつく。薫の口から反射的に悲鳴が飛び出し―――しかし、その声は途中で止まった。



        何故なら、母屋へと続いている廊下の先に、世界でいちばん頼もしいひとの姿を認めたからで―――



        「剣心!」



        薫は歓喜の声をあげる。
        しかし、なんというか、ここで剣心が現れたのは銀蔵にとっては最大級に不幸なタイミングだった。

        帯締めを切られたせいで薫の帯は半分ほどけて、裾は乱れて脚があらわになって。
        その上、捕まえた拍子にひっぱった着物が肩先からずり落ちそうになっていて。
        どう見ても、それは「今まさに襲いかかろうとしている」ような体勢である。


        「ぐぎゃっ!」
        突然、肩が軽くなった。
        何が起きたのかわからず薫はきょとんとしたが、剣心が飛龍閃で放った逆刃刀が眉間を直撃し、銀蔵が後ろにすっ飛んだということを、一拍遅れて理解
        する。


        「薫殿!」
        次の瞬間には既に、薫は剣心に抱きかかえられていた。
        「薫殿、大丈夫でござるか?! 怪我はないでござるかっ?!」
        逆刃刀を拾い上げて手首の縄を切った剣心は、心配のあまり血の気が失せた張り詰めた表情で、薫の顔を覗き込んだ。

        「ありがとう、剣心! わたしは大丈夫だから・・・・・・」
        剣心に向けられたその笑顔はまるで光が射すようで、それが何より薫の無事を物語っていた。安堵した剣心は一気に表情を緩ませる。

        「よかった・・・・・・」
        剣心は、腕の中にある薫の身体を、ぎゅっと抱きしめた。
        「よかった、無事で・・・・・・ほんとうに・・・・・・」
        うわごとのように繰り返しながら、剣心は薫の髪を撫でる。ほどけた髪に差し入れられた指が地肌に触れてくるのが気持ちよくて、薫はうっとりと目を閉
        じた。



        しかし、隣で巨体がうごめいて苦しげな呻きを漏らしたのを聞いて、剣心の腕がそちらに伸びる。
        四つん這いになって逃げ出そうとしていた銀蔵の足を、剣心の手が無造作に捕まえた。どれほどの力がこもっていたのか、みしり、と嫌な音がして銀
        蔵は悲鳴をあげた。

        「・・・・・・逃げてはいかんよ、もうすぐ警察も到着するでござろうに」
        薫は剣心の胸から顔をあげた。剣心はにっこり優しく笑顔を向けつつ、そっと薫の身体を離した。
        「すまないが薫殿、ちょっとの間、向こうをむいていてはくれぬか?」
        笑ってはいるけれど、その声には確実に怒りが満ちていて。そしてその怒りがどちらに向けられているのかは明白で―――薫は無言でこくこくと頷い
        た。

        「ぎゃあっ!」
        雑巾でも絞るように足首を捻られて、銀蔵はたまらず畳の上に仰向けになった。剣心は銀蔵を見下ろしながら、その胸板に足を乗せる。



        「逃げ出せないよう、少し動けなくしておくか」
        次の瞬間から、銀蔵の地獄は始まった。




        「あの、薫さん・・・・・・大丈夫なんでしょうか?」
        薫はそちらを見ないようにしながら環の縄をほどいてやる。環の問いに薫はとりあえず「大丈夫ですよ」と大きく頷いた。
        「えーと、ここ室内だから刀も抜けないでしょうし、お部屋も汚さないよう気をつけてるでしょうし。ああほら、あの人ああやって悲鳴を上げてるってことは充
        分元気ですよ」
        説得力があるのかないのかわからない回答だったが、環はそれで納得したらしく「そうですね」と頷いた。

        「とにかく、これで助かりましたわね・・・・・・薫さんと、御主人のおかげですわ。ほんとうにありがとうございます」
        「え?! いえあのっ、わたしと剣心は、まだ、そういう・・・・・・」
        「あらやだ、そういえばそうでしたわね。でも、剣心さんは薫さんを早くお嫁に欲しがってるようですけれど」
        「えっ、なんですかそれ?! 剣心そんな事言ってたんですか?!」
        「うふふ、剣心さんには内緒ですわよ? 実は昨日・・・・・・」



        女ふたりが平和な会話をしている後ろでは、銀蔵の悲鳴が幾度となくこだましていた。







        ★







        剣心が単身乗り込んでから程なくして、警察の面々も千鳥荘に到着した。

        剣心によって「少し、動けないようにされた」銀蔵は、数人の警官に抱えられるようにして連行されてゆき、「姐さん」と呼ばれていた女も一緒に大人しく
        縄についた。と、いうか銀蔵が剣心に痛めつけられている一部始終を見てしまった彼女は、余程の恐怖を植えつけられたのだろう、警官の姿を見るな
        り「ごめんなさいごめんなさいあたしたちが悪かったです! だから助けてください!」と、真っ青な顔で泣きながら腕を差し出したのだった。   


        「・・・・・・あれは少し、やりすぎだったのではないかと」
        彼らが連行されてゆくのを見届けた浦村署長はこめかみを指で押さえながら唸ったが、剣心は心底不思議そうな顔で「顎も喉も無事でござるから、取り
        調べるには支障はないでござるよ」と返した。これ以上注意しても無駄なことを悟った署長は、薫のほうへと向き直って言った。
        「神谷さんも、今後危ない目に遭わないよう、どうかくれぐれも気をつけてください」

        確かに、未遂だったとはいえ、今回のように薫に危害が加えられるような事件がまた起ころうものなら、剣心は間違いなく加害者に度を越した報復をし
        てしまうだろう。署長の懇願はもっともだったので、薫は神妙に頷いた。


        記憶が戻った環は良人が昏睡から覚めたことを聞いて、診療所に飛んでいった。剣心と薫も一緒に戻ろうとしたのだが、いかんせん、薫はすぐに外に
        出られるような格好ではなかった。
        「お部屋をご用意しましたので、そちらでお召し物を直されては」という千鳥荘側の厚意に甘え、ついでに薫は「すみませんが、帯締めをお借りできませ
        んか・・・・・・?」と頼んでみる。先程まで身につけていたものは、あの女にナイフで切られてしまったのだ。

        「かしこまりました、後程お持ちいたしましょう。では、こちらへどうぞ」

        女中に促された薫は、剣心の顔を見た。
        何か言いたげな―――しかし、それを躊躇っているような表情である。


        「あの、すみません。彼も一緒に・・・・・・」
        小声で言うと、署長は「では、また後日お話を伺うことになるでしょうが、今日はこれで」と、ごく自然に剣心を解放した。



        気を遣ってくれたのは、明らかであった。







       






        7 「そして、約束の続き」 へ 続く。