突然降り出した雨は、通り雨かと思いきやなかなか降り止まなかった。
しばらくは手近の軒先を借りて雨宿りをしていたが、埒があかないと判断してふたり揃って雨の中へ飛び出した。
「あーん、もう!こんなにひどくなるなんて!」
叩きつけるような雨音に重なる、怒ったような君の声。
「ああ、でも少し空が明るくなってきたでござるな」
足許でばしゃばしゃと泥混じりの飛沫が跳ね上がる。
ふたりともとっくに濡れ鼠で、裾が汚れるとかはもうどうでもよくなっていた。
「帰ったら直ぐ、お風呂沸かしましょうね・・・・・・あ」
川に架かる橋にさしかかったとき、不意に君が速度を緩めた。
「どうしたでござるか?」
並んだ横顔を窺うと、大きな目が見つめるその先には、美しくも不思議な光景があった。
天を覆った灰色の雨雲の切れ間―――ひび割れたそこから零れた、一筋の陽光。天岩戸もかくやという空である。
切れ間から溢れた陽の光を受けて、雨粒がきらきらと輝く。
無数の白い軌跡を描く雨滴は、水面へと降りそそぎ吸い込まれ、川の流れとひとつになってゆく。
「光が、降っているみたい・・・・・・」
唇に笑みをたたえて、ほうっと息をつきながら、君が呟く。
つい今し方悪戯な雨に苦情を申し立てていたのに、もう君は天の神様と和解をしてしまったようだ。
白い肌を水滴が滑って、長い睫毛にも宝石のように雫が宿る。
濡れた前髪はかき上げられて、まるい額がのぞいている。
「・・・・・・どうしたの?」
無言のままの俺の顔を、君は正面からのぞき込む。
「ああ、いや・・・・・・綺麗でござるな」
「ほんとね」
同意を得られたことに満足して、にっこり笑う君。
いや、今のはこの眺めがというより半分以上君に対する賛辞なのだが―――君は気づかない。
「あと少しで、道場でござるよ」
促すと君は、頷いてまた駆け出した。
すぐ隣を走る横顔を盗み見ながら、心の中でつぶやく。
そう、この位置でいい。
君はすぐに真っ正面から俺を見つめてくるから。
俺はその真っ直ぐな視線に、いつもたじろいでしまうから。
だから、こっそり見とれるには横顔くらいがちょうどいい。
横顔ですら、切なくさせるのだから。
愛しくて触れたくて、苦しくなるのだから。
君に恋をするには、この位の位置がちょうどいい。
起こされた想いは止まらないから躓いても胸は風を切って横顔に恋をした。
了
2020.04.04
モドル。