冬の終わり。
「あの時は、なんて無鉄砲な娘だろうって思ったでござるよ」
「一年前ね」
「ああ、一年経つんでござるなぁ。初めて会ってから」
「この一年、長かった?短かった?」
「うーん、両方、かな」
「そうね、わたしもそんな感じ」
「無鉄砲でお人好しで、この娘は放っておいたら危ないな、と思った」
「あら、よかったわ。じゃあわたしが無鉄砲でお人好しじゃなかったら、剣心あっさり別のところに流れていったかもしれないものね」
「・・・・・・そういう考え方もあるでござるか」
「けど、わたしも大概無鉄砲だけれど、剣心のほうがよっぽど捨て身じゃない」
「おろ、それを言われると・・・・・」
「あなた、自分が傷つくことなんとも思ってないんだもん、そっちのほうがよっぽど危なっかしいわ」
「思っていなかった、でござるよ。今はもう、そんなことはない」
「うん、そうね。そこはもう剣心、変わったわね」
「拙者が傷つくと、薫殿が泣くから」
「・・・・・・そうね」
「だから、もう二度と泣かせない」
「・・・・・・あ、だめ、嬉しくて今泣いちゃいそう」
「おろ、嬉し涙は構わないでござろう?特に今日は」
「ってゆーか、さっきからもう何度も泣いてるわ・・・・・・困ったなぁ、お化粧が落ちちゃう」
「化粧なんてしていなくても、きれいでござるよ」
「・・・・・・」
「薫殿?」
「ほんと、変わったわよ・・・・・・そんなこと言えるひとだとは思ってなかった」
「以前は、拙者はいずれ薫殿の前から消える人間だと思っていたから。おいそれと言えなかったでござるよ、こういう事は」
「実際、一回消えちゃったし」
「・・・・・・きついでござるなぁ」
「あはは、冗談よー」
「まぁ確かに、自分でも驚いているが」
「え?」
「自分が、こんなふうに人を好きになって、こんな事も言えるんだって事、知らなかった」
「変わったのね」
「この、一年でな」
「いろんなことが、あったもんね」
「いろんなことが、あったでござるな」
「わたしはどうかしら、相変わらず無鉄砲でお人好し?」
「うーん、そこはまぁ、変わっていないかな。そこは今も心配でござる」
「じゃあ、まだまだ放っておけないって事ね」
「当たり前でござるよ、まだまだどころか、一生放っておけない」
「・・・・・・うん、今日、それを約束したんだもんね」
「最後のさいごまでずーっと一緒にいて、この先の全部、見届けるでござるよ」
「その言葉、そっくりそのまま返します」
「おろろ」
「だから、これからもよろしくお願いします。ね、剣心」
「こちらこそ。幾久しく、よろしく頼むでござる」
剣心と薫は、互いに小さく頭を下げて、そして微笑みを交しあった。
と、その様子を見逃さなかった操が、賑やかな声を投げかける。
「ちょっとそこの御両人ー!なぁに主役のふたりだけで楽しそうにしてんのー?!」
「あらまぁ、ほんとに仲のいい新郎新婦やねぇ」
妙の声がそれに続き、どっと明るい笑い声がはじける。
襖を取り去って仕立てた広間には、門出を祝うために駆けつけてくれた人々が集まって、今は酒宴の真っ最中だ。
皆から注がれる眼差しは暖かく、道場には笑いさざめく声とともに祝福の空気が満ち満ちている。
「ってゆーか緋村、さっきからにやけすぎー!いくらめでたい席とはいえ、そこまで締まらない顔ってどーなのー?!」
「いや、これでも充分引き締めているつもりなのだが・・・・・・」
はるばる京都からやってきた操は、着慣れない紋付に身を包んで相好を崩した剣心がよっぽど面白いらしく、宴席が始まってから何かにつけてからか
っていた。そのやりとりを眺める他の客からも、その都度笑いがわき起こる。
「剣心、今日は操ちゃんにやられっぱなしねぇ。全然反撃できていないじゃない」
艶やかな黒髪を高島田に結い上げた薫がくすくす笑い、剣心は肩をすくめた。
「もう、今日はやられっぱなし言われっぱなしで構わないでござるよ」
・・・・・・そう、何を言われてどうからかわれたって、今日を迎えた喜びに比べたらどうということはないのだし。
剣心は改めて隣に座る花嫁の初々しい姿を眺めて、目を細めた。
これから先は、ずっとずっと一緒に。
ふたりそう誓った、祝言の日。
(了)
2012.03.23
モドル。