流浪人だった頃、自分はどこまでも遠くまで歩けるものと思っていた。
        この国のどこまででも、自由に歩いて広い景色を見て、そうやって生きているつもりだった。



        けれど、今にして思うと―――独りで生きている世界は、なんと小さく、なんと狭いものだったんだろうか。



        今は、沢山の人と繋がって、大切なものが増えて。そのことによって、俺の世界は大きくなった。
        大切なひとが大切にしているものを、そこから連なる世界を、守っていきたいと思う。

        君と出逢って、新しい世界が広がった。
        大切なもの、愛するものがいくつもできた。





        その愛の真ん中には、いつも、これからも―――君がいる。








      Wherever you are
         
I promise you "forever" right now  









        「いつ、言われるのかなぁ、って。思っていたの」
        「・・・・・・そうでござろうなぁ」
        「いつまでも言われなかったなら、我慢しきれずにわたしから言っていたのかしら。『夫婦になってください』って」
        「いや!それは駄目でござるよ!」
        「駄目なの?」
        「駄目というか・・・・・・やはりそれは拙者のほうから言いたいでござるよ」
        「うん、わたしも剣心から言って欲しかったわ」

        だからとっても嬉しいの、と。薫は微笑んだ。
        花がほころぶような笑顔に、ああなんてきれいなんだろうと見とれつつ、剣心は彼女の手をとった。




        布団の上に、向かい合わせに座って、指先に口づける。
        左手の、小指から。細い指に唇を寄せて、桜貝のような爪を口に含んで。すべすべした手の甲を撫でて、手のひらへ。竹刀だこが恥ずかしいとよく薫は口
        にするけれど、そんなところもいとおしくて。かたくなった皮膚にも啄ばむように口づけを贈る。いくつもいくつも、繰り返し。
        手首に触れて、脈打っているところを探す。上に上にと唇を這わせて、寝間着の袖を捲り上げて、腕の内側のやわらかいところに強く吸い付く。

        「・・・・・・食べられちゃいそう」
        顔を上げると、柔らかく笑む薫と、目が合う。
        「食べてしまいたいでござるよ」
        腕に、優しく歯を立てると、薫の手がそっと剣心の頬に添えられた。
        促されて頭を上げる。「食べてほしいわ」と羞じらいながら言われて、剣心は薫を抱きしめて口づけた。


        「・・・・・・いただきます」
        唇の上で、囁いて。「どうぞ」と答えた薫の声は、剣心の口に飲み込まれた。
        ほんとうに、このまま食べてしまいたい。食べてしまって、ふたりでひとつに溶け合ってしまいたい。それができないかわりに、口づけを、深くする。
        しごきをほどいて、寝間着を肩から滑り落とす。露わになった白い裸身が、まるで花のようだな、と思う。
        春を告げる木蓮の花のような。それよりもっと、やわらかくて心地よい重みがあって、いい香りがして―――

        「ねぇ、不思議だわ」
        豊かな胸に口づけを落としていた剣心は、呟くような薫の声に、ちらりと目を上げる。
        「なんだか、いつもと違うみたい」
        「違う?」
        「特別な日だからかしら、いつもよりも、もっと・・・・・・」
        「気持ちいい?」
        赤ん坊が乳を飲むように、ちゅっと吸われて。薫は「もう!」と笑い声まじりに剣心の髪を引っ張った。
        「・・・・・・それも、あるけど」
        「それはよかった」

        新枕を交わした頃は、自分ばかりが気持ちよくなっていたのが申し訳なくて。しかし生娘だった彼女も、最近はその感覚を共有できるようになってきて。
        好きなひとを悦ばせることができるのは、それは男として単純に嬉しいし―――身体で愛しあうことの幸福感を、深いところで一緒に感じられるのが、やは
        り嬉しくて。


        ゆっくりと、体重をかけられて。
        薫は剣心の腕に助けられながら、敷布の上に仰向けに倒れる。
        「いつもより、もっと・・・・・・」
        「うん」
        「・・・・・・嬉しいの」
        「うん、拙者もだ」

        視線が絡まり、ふたり一緒に笑顔になる。
        覆い被さってきた剣心の背を、薫は細い腕でかき抱いた。








        ごく普通に始まった一日の筈だった。
        それが、二匹の猫に背中を押されるようにして、剣心は薫へ求婚をし、薫はそれを受けて―――
        ふたりにとって、今日は忘れられない記念すべき日になった。

        今までも、ずっと、「小さな求婚」はあったし。いずれは夫婦になるのだと、ふたりとも頭では思っていた。
        けれど、改めてそれを口に出して、言葉にして伝え合ったことで、「いずれは」という不定形の未来は、しっかりとした形を持った。
        約束は誓いとなって、ふたりの人生の、新たな門出の節目を生んだ。


        「けんしん・・・・・・」
        耳元をくすぐる薫の声がいつもより甘いのは、「いつもより嬉しい」からだろうか。心が喜びに高揚するのに呼応して、互いの身体も普段より熱を増してゆ
        く。
        こうやって、抱き合って愛し合うのは、好きという気持ちを伝えるためだ。
        あとからあとからあふれてくる「好き」は、言葉で表すだけでは足りないから。言葉だけでは追いつかない、伝えきれない想いを伝えるために、身体を重ね
        て愛し合う。

        けれど―――言葉にすることで、より確かになる想いもあるんだ。
        声にして伝えることで、より想いが強くなることもあるんだ。今日の、俺たちのように。


        「あ・・・・・・やぁっ!」
        身体を揺さぶられて、薫の瞳から大粒の涙がこぼれた。
        彼に満たされる快感が、恍惚となって涙に変わり―――そして、これからの未来を剣心と共有できることの喜びが、更に薫を泣かせた。
        まったく同じ理由で、剣心もこみ上げる涙を抑えきれずにいた。幸いにしてと言うべきか、薫は与えられる熱を受け止めることに必死で、彼の目に滲んだ雫
        に気づく余裕はないようだった。

        「ふ・・・・・・ぁ!」
        ひときわ高い声が、薫の唇を突いて出る。いちばんふかいところで繋がれるよう、剣心は薫の裸身をぎゅうっと強く、抱きしめた。
        「・・・・・・あぁっ!」
        びく、と。白い背中が大きく震えて、そしてくたりと力が抜ける。彼女の身体の奥で、ふたりがひとつに溶け合う。
        薫の上で果てた剣心は、そのまま倒れこむようにして彼女に覆いかぶさった。身体を重ねたまま、ふたりはまだ暴れている鼓動と呼吸が鎮まるのを待
        つ。
        幸福な余韻に浸りながら、薫は汗ばんだ腕をゆるりと持ち上げる。すっかり同じ体温になった剣心の身体にいとおしげに指を這わせながら、彼の首に腕を
        かけた。



        「・・・・・・好き」



        うっとりと呟きながら、薫は剣心の頭をかき抱くようにして、口づけた。
        「好き・・・・・・」
        泉に湧いた水が溢れて、流れ出すように。言葉は自然に唇から、繰り返しこぼれた。
        「剣心、大好き・・・・・・」

        心におさまりきれずに溢れた想いが言葉になって、声になる。
        声に乗せて伝えるたびに、胸に生まれる想いは更に大きくなる。
        ああ、薫も同じ想いでいてくれるんだな、と。嬉しくなって、剣心は頬をほころばせた。



        互いの気持ちを、ちゃんと知っていて。ふたりで、同じ方向を見つめながら歩んでいて。それが当然のことで、すっかり自然なことになっているけれど。
        今日はそれを、言葉にして伝えずにはいられない。そんな、特別な日になった。

        だから、俺も伝えよう。
        君と出逢って、凍りついて止まっていたかのような時間が、動き出したことを。君を好きになってから、大切なものが沢山増えたこと、世界がぐんと広くなっ
        たことを。そして―――



        「・・・・・・愛してる」



        薫を抱きしめ返しながら、剣心は彼女の耳に唇を押しつけるようにして、囁いた。
        彼女の心のいちばんふかいところに届きますようにと、願いながら。

        この感情に名前をつけるなら、きっと愛という一言でしか言い表せない。
        その想いを、ただひとり、君だけに捧げたい。


        顔を覗きこむと、薫は笑っていた。赤く染まった目許に、きらきらと幸せの涙を浮かべて。
        ―――ああ、ちゃんと届いている。嬉しくなって、剣心はもう一度強く薫を抱きしめた。






        冬の夜は長くて、ふたりが繰り返し想いを言葉にし、繰り返し身体を絡めて愛し合うことを許してくれる。


        だから、何度でも約束しよう。
        これから先、ずっと―――君を守り、君を愛してゆくことを。





        未来を誓った、琥珀色の月の夜。
        ふたりの絆は、永遠になった。















        Wherever you are 
          I promise you "forever" righet now 了








        モドル。









                                                                                                     2016.06.26