大切な今









        墨を流したかのように黒い、夜の海。
        ともすれば引き込まれてしまいそうな真っ黒な水面を、左之助は小さな舟に乗って悠々と進んでいった。

        ひとり、またひとりと親しい皆が旅立ってゆく。
        別れはどれも突然で、突然すぎて。改めて、明日起こることなんて誰にも知り得ないことを実感する。


        「少し寂しいけど、我慢しなくちゃね・・・・・・」
        そう呟いて、ふと思い出した。あなたに初めて逢ったのも、夜更けだったことを。

        冬の終わりの寒い夜、その出逢いもやはり突然で。
        それが人生でいちばん貴重な出逢いになることを、あの時はまだ気づいていなくて。

        「少し寂しいけれど、我慢しなくてはな・・・・・・」
        同じ言葉をなぞった、隣に立つあなたの顔を見る。あなたも首をめぐらせて、互いの瞳に互いが映る。

        みんないつかは、それぞれの道を歩む。それは別れではなく旅立ちで、終わりではなく始まりだ。
        そのことを、頭ではわかっているつもりなのだけど―――それでもやはり、旅立ちを見送るのは寂しいことだ。
        きっとこれからの人生、何度繰り返しても慣れることはないのだろう。


        けれど、今確かなことは。
        わたしのこれからの人生の、始まりや旅立ちは、すべてあなたと一緒なのだということ。


        あなたに出逢えて、あなたを好きになったことが、わたしを強くしてくれたから。
        あなたに好きと告げられて、あなたに抱きしめられたことが、わたしを包み、守ってくれるから。

        だから―――あなたと一緒なら、これから起きるどんなことも、きっと大丈夫。
        寂しいときも悲しいときも、あなたと一緒なら、きっと。




        秋の星座の下、あなたが笑った。
        あなたの目に映るわたしも、笑顔になった。







                                            
 あなたに出逢えて見つけたあたしの目に映った顔はこれ以上ない笑顔だった。






        了








                                                                                       2020.04.04





        モドル