・・・・・・馬鹿っ!
・・・・・・鈍感っ!
・・・・・・無神経っ!
一振りごとに、心の中で罵詈雑言を叩きつける。
雑念混じり、というか、雑念だらけの素振りをどれだけ続けただろうか。
いいかげん草臥れてきて、竹刀を持ったまま倒れるように仰向けになった。
防具をつけていないから、シャツの背中にひんやりとした床の感触が気持ちいい。
冬の短い陽は既に暮れて、部活のみんなはとっくの昔に帰ってしまった。道場にいるのはわたしひとりきりの、完全貸切状態。
だから、いいよね。誰が見てるわけでもないんだし、ミニスカートのまま寝転がっても。
でも、もしこんな格好を彼に見られたものなら、「年頃の娘なのに無防備すぎる」とか言って、お父さんみたいな注意をされるんだろうけど。
まぁ、それは仕方ないか。なにせ彼はわたしより、ひとまわり以上年上なんだし。
・・・・・・それにしても。
あああああ、どうしよう。
初めてだわ、ケンカ、するなんて・・・・・・
馬鹿なきっかけだったなぁ。
いや、ってゆーか、焼肉屋さんでライス大盛り頼んだくらいであんなに笑うことないじゃないの!
女の子だって、このくらいの年頃はたくさん食べるものなんだからね?!
・・・・・・思い出したら、なんだかお腹がすいてきた。
こんなに切なくても、ちゃんとお腹はすくものなのね。
そうよ、これだけ素振りをすれば、毎日あれだけ稽古していれば、お腹もすいて当然よ!
自分だってOBなんだから、そのくらいわかるでしょうに!
―――そう、部活のOBで年上で、大人で。
料理とかも、わたしよりずっと上手で。
剣もとびきり強くて、まぁ、それなりに・・・・・・いやかなり格好良くて。
彼は、わたしみたいな子供の、どこがいいんだろう。
いや、どこが「よかったんだろう」?
このまま仲直りできなかったら―――過去形になってしまうの?
あ、なんかどんどん落ち込んできた。
あああ、ダメだダメだダメだ! そうよ、お腹がすいているから、こんなに弱気になるのよ!
そうだ、もう帰ろう。
寒くなってきたし、こんなことで風邪なんかひいたら馬鹿みたいだわ。なんか美味しいものでも食べてから帰ろう!
立ち上がって、泣きそうな気分をふり落とすように頭を振る。
汗ばんだ服の上からコートを着込んで、竹刀袋を手に道場の戸を開けた。
流れ込んでくる冬の夜風が、頬を撫でる。
その、冷たい空気に混じって。
―――牛丼の匂い?
寒空の下立っている彼の姿を認識するより先に、手に提げている牛丼屋の袋からの匂いに、気づいてしまった。
それに反応して―――盛大に、お腹も鳴ってしまった。
彼は笑いそうになった顔を、慌ててぐっと引き締める。
・・・・・・ちょっとは、気を遣ってくれているみたい。
いつから、そこにいたんだろう。鼻の頭も頬もすっかり赤くして。
あんまり嬉しかったから、駆け寄って、思いっきりとびついてやった。
その後、ふたりで公園のベンチに並んで冷たくなった牛丼を食べた。
真面目な顔で「特盛りにしておいたから」と言うものだから―――思わず、笑ってしまった。
了。
2013.02.18
モドル。