Marshmallow day










        「・・・・・・噛みつくの、好きなの?」




        ぽつり、と問われて顔を上げた。
        「え?」
        「そこ、いつもそうするから。好きなのかなぁって思って・・・・・・」




        背中から抱きしめて、袷を押し開いて寝間着を肩から滑り落として。
        流れた黒髪をかき分けると、細い首筋が露わになる。
        白くて、柔らかくて、噛みつかずにはいられないような、とても美味しそうな首筋が。



        「痛い?」
        質問に質問で返すと、君は首を横に振る。そして小声で「・・・・・・気持ちいい」と付け加えた。
        羞ずかしそうに言う様子がとても可愛かったから、ふたたび肩先に顔をうずめて、柔らかく歯を立てる。
        微かなため息が、君の唇からこぼれた。それと一緒に、小さな懸念の言葉も。
        「でも、時々・・・・・・このまま食べられちゃうんじゃないかって思うこともあるけど」


        見透かされた、ような気がした。
        この、どうしようもなく貪欲に君を求めている、みっともない内心を。


        「・・・・・・食べたいよ」
        肌の感触を楽しみながら手のひらでゆっくりと腰の曲線を撫で下ろし、君の中心へと指をのばす。
        びく、と肩が大きく震える。ぐい、と体重をかけると、細い身体が崩れるように布団の上に沈んだ。









        本当はね、色々と考えている。
        君に関する、どうしようもないことを。
        たとえば、君を誰の目にも触れさせないよう閉じこめて隠してしまったら、どれほど心穏やかになれるだろうか、とか。


        ―――わかっている。
        君の輝きは君だけでできているわけではなくて、君をとりまく様々な人や様々な事柄とが影響しあって生まれているのだと。


        だけどね、そう判ってはいても、ひとりじめしたいんだよ。
        今でも充分しているんだろうけど、もっともっと、俺だけのものにしてしまいたいんだよ。









        「食べて、いい?」



        覆い被さりながら耳元に囁くと、君はきつく閉じていた瞼を開いた。
        長い睫毛越しに、黒い瞳が見上げてくる。


        いっそのこと、君を残さず食べてしまえばいいのかな。
        そうすれば、完全にひとつになってしまえるのかな。
        嫉妬したりひとりじめしたいと思ったり、君のいない世界を想像して怯えたり、そんなどうしようもない感情を抱くこともなくなるのかな。



        「・・・・・・いいわよ」
        答える君は、眼差しも声も、どこまでも優しくて。
        だから俺はそんな君に甘えて、どんどん箍が外れてしまうのだろう。
        君が許しをくれるから、どうしようもない気持ちはどんどん膨らむばかりで、止めようがなくて。


        「でも、ねぇ剣心」
        そっと手がのびて、君の指が頬の傷に触れる。
        「食べられちゃったら、わたし・・・・・・こうやって剣心に触ったり、手をつないだりとか、できなくなっちゃうんじゃない?」


        小さな手で頬を包みながら、君が言う。
        予想していなかった返答に目をみはると、君は更に続けた。


        「剣心の顔も見られなくなっちゃうし、お喋りすることもできなくなっちゃうし、わたし、そんなのは嫌だわ」
        真剣な顔で、そう言われて。
        君の目をまじまじと見つめていた俺は、ふっと、力を抜いて、笑った。
        「確かに、薫殿の言うとおりだ」
        「ね? 剣心だってわたしの顔、見られなくなっちゃうし」
        「それは嫌だ」
        「でしょ?」




        それは、子供でもわかる理屈なのだけど―――まったくもってそのとおりで。
        なんだか、ひどく「納得」させられた。


        君と見つめあったり言葉を交わしたり、手を繋いだり笑いあったりすること。ただ、黙って隣にいること。
        その、かけがえのなさや幸福感―――ふたりでいることの喜び。
        それは、どうしようもない嫉妬や根拠のない不安をはるかに上回るものだと、本当は、ちゃんと知っている。



        けれど―――
        そうは判っていても、それでも、出来得る限りひとつになりたいから。食べてしまうかわりに、身体を重ねて抱きしめあうのだろう。
        心を隣に添わせるために、こんなにも真剣に、君のことを想うのだろう。





        「確かに、食べてしまってはこういうことも、できなくなるでござるな」
        「・・・・・・うん」
        「それも、嫌?」
        「・・・・・・」
        「ねぇ、嫌?」
        「・・・・・・うん、嫌」


        消え入りそうな声だったけれど、その答えに満足してもう一度首筋に噛みついた。
        白くて、柔らかくて、とびきり美味しい、その首筋に。
        すると、君はか細い声でこっそり言った。




        「食べられちゃうのも、それはそれで、素敵かもしれないけれど」




        ―――なぁんだ、そうか。
        どうしようもない想いに胸をざわつかせているのは、君も一緒なんだね。


        どうしようもないくらい、好きで好きでしょうがない。
        そんな気持ちになれるのは、きっと悪いことじゃないんだろう。
        それどころか、そんな相手がいるということはとても得難いことなんだと、そう信じて―――




        「消えてなくならないように、ゆっくり食べてあげるから」





        注意深く、そして優しく、君の感触を噛みしめよう。
        どうしようもない気持ちをきちんと抱えて、ずっとずっと君のことを愛してゆこう。
















        了。




                                                                                         2013.02.12








        モドル。