縁との戦いで傷を負った剣心の右手は、現在、白い三角巾で肩から吊られている。
片手での生活が暫く続いていたが、もともとが器用な性質だし、身の回りのことは薫が手伝ってくれるので、たいした不便を感じることもなく過ごせた。
ただひとつのことを除いては。
「明日、診療所に行って、経過がよければ包帯がとれるんでしょ? これでひと安心ね!」
全快祝いをしなきゃねぇと薫が笑った。
まるで自分のことのように喜んでくれる、そんな薫の顔を眺めながら―――いったい、何時からだったろう、と考える。
彼女が、血に塗れてこと切れたかと思ったとき。
夕焼けの帰り道で、一緒にいたいと言ってくれたとき。
これで死ぬのかと思った瞬間、彼女の顔が脳裏に浮かんだとき。
一方的に別れを告げ、それなのに追ってきてくれた彼女と再会したとき。
あるいは、もっと前。出会ったとき。勝気そうな瞳と、明るい笑い声と、優しい心に触れたとき。
翌日、診察を受けると「もう大丈夫!」との玄斎からのお墨付きがもらえた。
久しぶりに自由になった右腕は、なんだか前よりも軽くなったような気がする。
よけいなしがらみとか、迷いとかが、古い血と一緒に流れて消えてしまったのかな。
そんな事を考えて、くすりと笑った。
「剣心、嬉しそう」
そう言う薫はもっと嬉しそうに頬をほころばせている。
診療所の帰り、川沿いの道を歩くふたりの頬を、柔らかな風が撫でてゆく。
「これから赤べこに行こうか!今なら弥彦もいるはずだし・・・・・・みんなに見せてあげましょうよ」
それには答えずに、剣心が、ぴたりと足を止めた
「剣心?」
薫が首をかしげて、どうしたの?と彼に向きあう。
突然、抱きしめられた。
驚きに、薫の身体が硬くなる。
ぎゅうぎゅうと、力をこめた腕は痛いほどだった。
ずっと前、別れを告げられたあの夜とは、比べものにならないくらい、強く強く。
「・・・・・・ずっと、こうしたかった」
右腕が使えなくなって、ただ一つ不満だったこと。
それは、こんなふうに君を抱きしめられなかったこと。
早く、君を腕に抱きたかった。
こんなふうに、しっかりと両腕で、もう決して離れられないくらいに、ぎゅっと。
「・・・・・・剣、心?」
「うん」
「ね、ちょっと・・・・・・」
「・・・・・・痛い?」
「う、うん、少し・・・・・・」
「ごめん、我慢して」
一体、何時からだったろうと、考えた。
そうだ、もう、ずっとずっと前から、出会ったときから始まっていたのかもしれない、この気持ちは。
・・・・・・もう、とっくの昔から、君の事を愛していたんだ。
そんなことに、つい最近気がつくなんて、我ながらなんて馬鹿なんだろう。
もっと早く気がついていたら、もっと早く君を抱きしめられたのに。
でも、これからは知っている。
とっくの昔から。そして、これから先もずっと。
誰より深く、君を想う為、君に出会った。