ずっと手を繋いでいましょう。
        病めるときも護りましょう。
        永眠るときには傍にいましょう。
        死もふたりを分かちはしないでしょう。


        このからだがなくなっていつか光になっても、寄り添っていられますように。








      la mariee








        明け方、懐かしい夢を見た。


        もういない両親がそこにいた。薫は子供の姿でふたりの前に立っていて、彼らからなにか小さな光のかたまりのようなものを受け取った。
        それを抱きしめると、身体の内側から暖かいものが溢れ出した。まるで、自分自身が光そのものになったように。



        光の奔流は拡散し、視界が眩しい白一色に染まったとき、目が覚めた。








        早朝である。
        隣では愛しいひとが少年のような顔で寝息をたてている。
        今日は、早い時間からの稽古はない。けれど、「今日は特別な日だ」と意識下でそう思っていたから、自然と早く目が覚めたのかもしれない。

        そろりと布団を抜け出す。
        払暁、まだ空気は冷たい。羽織をはおって、剣心を起こしてしまわないよう気をつけながら、寝室を出る。


        隣室にあったのは、衣桁にかけられた、白打掛。
        光に透かすとふわりと銀色の地模様が浮き出て見えて、それは一幅の絵画のようだ。

        ひととき、うっとりと見とれる。
        これを今日、身にまとうのだ。そう考えると、何かくすぐったいような恥ずかしいような、面映ゆい気持ちになる。


        雨戸を開けて縁側に出る。
        羽織の前を掻き合わせるようにして、腰を下ろす。




        不思議だ。
        今日は景色が、いつもと違って見える。

        生まれたばかりの朝の光が差し込む家の中は、新しく清しい空気に満ちて、昨日までとは違う部屋のように見える。
        実際、今日のために、昨日は剣心とふたりで家中をぴかぴかに磨き上げたのだが、そのためだけではないだろう。



        「風邪をひくでござるよ」
        ふりむくまでもなく、剣心の声だった。

        後ろに座った彼に、背中から抱きしめられる。
        「ごめんね、起こしちゃった?」
        「いや、なんだか寝ていられなくて」
        わたしも、と薫は笑う。


        今までずっと、ひとつ屋根の下で剣心と暮らしてきた。いつしかふたりで眠るのが当たり前になった。いつまでも一緒にいようと、互いに思っていた。
        これからもその関係は、その想いはかわらない。しかし今日からは、それに新しい名が与えられるのだ。新たに、「夫婦」という名が。


        「緊張しているのかしら」
        「それもあると思うけれど」
        「けれど?」
        「・・・・・・嬉しいから、でござるかな」
        腕の前で羽織の袷を握った手を、剣心の手のひらが包み込む。
        「・・・・・・わたしも」


        そう、嬉しいから。
        新しくはじまることが、嬉しくて。これは、期待。そして希望だ。




        「今日のこと、ずっと覚えていようね」




        僅かに浅黄色を混ぜた、白い明け方の空の色を。
        静謐な朝の空気の、心地よい冷たさを。
        ゆっくりと昇る陽のひかりが、頬を撫でる暖かさを。



        ふたりでいるだけで、世界のすべてがこんなにも愛しく思えることを。







        祝言の日の朝。
        ふたりで新しく生まれなおしたような、はじまりの日の朝。












        了。







                                                                                         2018.03.17






        モドル。