うるさいのは、蝉の声。そして、心臓の音。
汗が、首筋を伝い落ちるのがわかる、今日はとてもとても暑いから。
でも、今はその暑さは気にならない。
もっと熱いのは赤く染まったわたしの頬と、あなたの指。
痛いくらいに、わたしの手を握って離さない、あなたの。
「あの・・・・・・剣心?」
長く続く沈黙に耐えきれなくて、先にあなたの名前を呼んだのはわたし。
ふたりきりになった夏の午後、この部屋は、あまり陽が射さなくて。
不意に言葉が途切れて、あなたは無言のままわたしの手を握りしめた。
今まで見たことのない、あなたの表情。
おっとりとした微笑みは影を潜めて、でも刀をとったときの鋭い眼差しとも、また違って。
前髪が、触れ合う。
あなたの吐息を、唇で感じる。
今までに知らない距離。
蝉時雨も自分の心音も聞こえなくなる。
すべての音が消えて、あなたしかここにいなくなる。
どうしたらよいのかわからなくて、瞳を閉じた。
くい、と手を引かれて、そのまま―――
「剣心ー!!!」
突然破られる、静寂。
戻ってくる、蝉の声と心臓の音。
反射的に目を開くと、あなたは驚いたような、「しまった」というような、そんな顔。
「西瓜冷えたぞー!早く切ってくれよー!」
襖の向こうからの、弥彦の声。
「・・・・・・やれやれ」
小さく呟いたあなたの唇が、そっと、一瞬だけわたしの指先に触れ、離れる。
「今行くでござるよー」
どうしよう。
あなたが出て行って、ひとり残された部屋、心の中で呟く。
触れてしまったら、きっと心臓が止まっていた。だってほんとに鼓動が聞こえなかった。
「薫ー!西瓜食うから、おまえも来いよー!」
賑やかな声に返事もできない。
どうしよう。
指先に残るあなたの唇の熱。
あのまま口づけられていたらわたし、嬉しくて死んでしまっていたかもしれない。
触れてしまったら心臓止まるかもと本気で考えた暑い夏の日
了。
2016.01.07
モドル。