「あの夢は、本当なら拙者が見るべきだったのでは、と思ったんでござるよ」
その晩、枕を並べて横になりながら、剣心は自分の考えを口にした。
「その、元旦に弥彦や燕殿に、祝言を挙げることを報告したでござろう? なので御両親も、ひとこと挨拶に来いと言いたかったのではないか
な、と」
薫は剣心のほうにまわした首を、可笑しそうにすくめた。
「挨拶というか、あれはむしろ『お願い』みたいだったけれど」
夫婦になるのを、お許しいただきたい―――自分の台詞を思い出して、改めて剣心は赤面する。
「仕方ないでござろう?実際、拙者は薫殿の御両親から夫婦になる許しを貰っていなかったわけだし」
「剣心、やっぱり真面目だわ」
くつくつと小さく笑うのに肩を揺らして、それから薫は不思議そうに呟く。
「でも、それならどうして剣心のじゃなくて、わたしの夢に出てきたのかしらね」
「それは、ほら」
剣心は寝返りをうって、おもむろに薫の肩を抱いた。
引き寄せられて枕が転がる。不意打ちに驚いて、薫の心臓がひとつ高く鳴った。
「拙者、御両親の顔を知らない故、出てこられてもわからないでござろう?」
「あ」
成程、と薫は納得する。
「だから、かわりにわたしがあんな夢を見たってわけ・・・・・・んんー、そんなことってあるのかしら?」
「まぁ、これだけくっついて寝ていれば、そういう事もあるかもしれんなぁ」
抱き寄せられた薫は枕のかわりに剣心の腕に頭を落ち着け、もう一度「成程」と納得した。
不思議な話だけれど、実際に自分は両親の夢を見たわけだし。
そして、そう考えたほうが、眠りの中でまで剣心とつながっているみたいで、嬉しいし。
だから不思議な話だけれど、納得しておくことにする。
「じゃあ、許してもらえるかどうかは今晩の夢でわかるのかしら」
「う・・・・・・怖いからそーゆーことは言わないでほしいでござる」
悪戯めかしてそう言うと、剣心が本気で怯えたような反応を示したので薫はますます可笑しくなった。
「剣心にも、怖いことなんてあるのね」
「そりゃ、沢山あるでござるよ。特に薫殿に関することなら」
「え、ちょっと、それどーゆー意味?わたしがすぐに腕力に訴える乱暴者とでも言いたいの?」
それは主に弥彦から投げつけられる呼称だが、自分でも気にはしているのか、薫はむぅと顔をしかめてみせる。しかし剣心は「そういう意味では
ないよ」と笑ってかぶりを振った。
「じゃあどういう意味・・・・・・」
追求しようとすると、遮るように剣心の顔がぐっと近づけられた。
反射的に瞳を閉じると、目蓋に唇を押し当てられる。
「どうにかして、よい返事を貰えるように」
目蓋をくすぐる吐息とともに囁かれたのは、真剣な、祈るような願いの言葉。
薫は思わず険しい表情をやわらげた。
「了解よ・・・・・・努力してみるね」
「じゃあ、おやすみ」
「ん、おやすみなさい」
やがて薫は、剣心の腕に頭を預けたまま、すやすやと寝息をたてはじめた。
一足先に寝ついた薫の顔を見つめながら、剣心は先程訊かれた「怖いこと」を改めて想像してみる。
例えば、この腕の中から彼女が消えてしまうこと。
このまま彼女の目が覚めないこととか、彼女が自分のことをすべて忘れてしまうとか。
そんな「怖いこと」ならいくらでも思いつく。
しかし詳しく説明するのは恥ずかしいし、草葉の陰で聞いているであろう彼女の両親にも女々しい男だと思われかねないので、やはりこれは自
分の胸にしまっておくことにする。
ゆるやかな薫の寝息を聴いていると、ひきこまれるようにして目蓋が重くなってきた。
彼女が今夜どんな夢を見るのか懸念しつつ、剣心も眠りの波に身を委ねた。
翌朝、結果として薫は「夢も見ないくらい熟睡しちゃったぁ」と照れくさそうに笑った。
しかし剣心の夢には、会ったことのない壮年の男性と、薫によく似た面差しの女性が出てきた。
夜着も着替えないまま、布団の上に何故か正座までして珍しく興奮した様子で、剣心は夢の内容とその男女の特徴を着物の柄にいたるまで微
に入り細に入り説明した。
薫はうんうんと頷きながら聞いていたが、話が進んでゆくうちにその表情は次第にほころんでゆき、やがてあたたかな笑顔になった。
「・・・・・・で、なんて言っていたの?父さんと母さん」
剣心は改まったようにひとつ咳払いをして、両膝に握った拳を置いて、真っ直ぐに薫の目を見た。
「娘をよろしく頼みます、と」
薫は「これで安心ね!」と叫びながら、剣心の首に抱きついた。
(初春の報告 了)
2012.1.07
モドル。