「お待たせっ」
振り向いたあなたが、おやっと軽く目をみはり、ふわりと笑った。
普段はあまり袖を通さない絹の晴れ着には、華やかな柄が踊っている。
ほんのちょっぴりだけどお化粧も施して、うっすらだけど紅もひいて。
「行こうか」
お花見仕様に、少しだけいつもと違った装いのわたしに、あなたは自然に手を差し出す。
道場を出て路を歩いていると、あたたかな風にのって花びらがひとひら流されてきた。
右手をあなたの手のひらにあずけたまま、ゆっくり歩く。
やがて、目指す川辺が見えてきた。
「うわぁ、満開っ!」
「二度目の、桜でござるな」
つないだあなたの手に力がこもった。
はしゃぐわたしが風にとばされるのを防ぐかのように。
「一年以上、経ったのね」
一年前は、あなたの背中を見ながら歩くことが多かった気がする。
でも今は肩を並べないと不自然に感じるくらいだ。
冬の終わりに初めて出会って。
春が終わり夏が訪れ、季節を越えるごとにあなたをどんどん好きになった。
当然のようにふたりで恋に落ちて、ずっと一緒にいるのは必然だと思ったから、夫婦になった。
「・・・・・・去年の桜より、なんだか綺麗に見えるわ」
「薫殿みたいでござるな」
「え?どうして?」
あなたは、困ったような表情を浮かべて、ふいとそっぽをむく。
「去年より、きれいになったから」
どんな顔をしているのかはわからない。でも耳が赤くなっているのが見えた。
「・・・・・・そこまで照れるなら、言わなきゃいいのに」
そういうわたしも、首筋まで熱くなっているのが自分でもわかる。
「言わないほうが、よかったでござるか?」
「ううん、何度でも言って」
ふたり、桜より濃い色に染まった顔を見合わせて、くすくす笑う。
ずっと一緒と誓ったふたり。
限りない日々と巡りくる季節の中、こんなふうにいつも微笑んでいられるふたりでありますように。
咲き乱れる満開の桜の花たちにそっと祈りながら、あなたの唇を受ける。
これから沢山の季節を越えてゆくなかで、幾度もあなたと幸せな口づけができますように。
ゆっくりゆっくり時間を越えてまた違う幸せなキスをするのがあなたであるように
(了)
2012.04.08